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MARUYA-MAGIC

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出すことはしないだろう。君はもうかれこれ.、六時間はベンチでぼんやりと
音楽プレーヤーで或るUK‐POPを繰り返し聴きながら考え事をしていただ
ろうか。ホームの端に腰を下ろし、左足と義足の右足をばたばたさせている。
やがて自然と電灯は消え、非常口までの灯りがぼんやりと視界に浮き上がった。
まるで深夜の病院のよう、な静寂さとほんの.しの不気味さ。君は音楽を口ず
さみながら─それは浴.のように乱反響した─己の孤独さとこの闇と、この眼
球を湿らす暗闇と、哀愁を背筋に吸収し、無限の夜を満喫していた。君はメン
スがこない原発性無月経のせいで子供を産めない。それでも君は女性に生まれ
てきてよかったと心から思っている。小さい頃からメンスという女性だけの特
質が大嫌いで、子供なら幾らでもロンドンの裏路地にいるのだから、と。


針が回るだけの時計が午前一時を指す頃になると、音もなく円状のライトを
照らしたバンク駅方面行きの幽霊列車が、君の両足を貫通して定位置に停まる
と自動扉が開いた。君は死者達に埋め尽くされた座席に隙間を見つけ、腰を下
ろした。扉は無言で閉まり、音もなく走り始めた。向かいには生きた.年が座
っていて、その向こうの窓硝子には自分と.年の後頭部以外何も映っていなか
った。終点のバンク駅に数分で到着すると、殆どの乗実は其処で猫背になって
降りていった。幽霊列車はまた音もなく扉を閉めると再び走り始めた。君はま
だ音楽プレーヤーで同じ曲を繰り返し聴いていた。それはきっとこの明けるこ
とのない夜が明けるまで、止まることは無いだろう。

列車は数分毎に扉を開けて、乗実を吐き出していった。新たに乗実を取り込
むことはなかった。扉が開く度に、冷たい風が流れ込んできて、その匂いは春
を告げる匂いというよりも、晩秋の死臭がした。まだ春はやって来ないのだ。
というよりも、君がこの異世界に居続ける限り、時間は進まず、夜は死滅せず、
春は玄関の靴を履き終えることができないのだ。なんとなくそんな気がしてい
た君、でも、心に大きな腫れ物が─排卵直前の卵巣のような─破裂することな
く、膨張し続ける為に、君は「排卵」という機能を持ち.わせていない為に、
きっといつまでも列車は走り続けることだろう。

やがて.年と君の二人きりとなり、ウィリアム・サマセット・モームの「月
と六ペンス」を読み耽っている彼の横に君は腰を下ろし、「面白い?」と話し
掛けてみると、「家でゲームするより、学校へ行くよりずっと面白いね」と君
の顔を見て微笑んだ。「これから死にに行くの?」と君は.年に訊いてみると、
「お姉さんこそどうするつもり?」と返されたので、即座に、「死ぬつもりは
ない」と答えた。「死んだら二度と新しい詩が書けなくなっちゃうもの」。

列車は地上をいつの間にか走っていて、遠くの山脈から太陽が産声を上げん
ばかりに草原と海を真っ赤に染め上げていた。君は片方のイヤホンを.年の耳
にねじ込み、二人で「月と六ペンス」を読んでいた。夜が終わる。時間が動き
出す。春は扉の鍵を開ける。眩い灼熱色した陽光が列車内に射し込む頃には、
君も.年も互いの肩を寄せ.って深い眠りに就き、流星群の一つである列車は
排卵直前の卵巣のような太陽に激突し、君の目が覚める頃には心に新しい希望
が.り、今日を生きる糧になる詩を産み出す原動力となるだろう。
















夜の沖縄の波音を録音したカセットテープが、君の名前で送られてきた。君
はもういないのに、僕は深夜三時に、軋むハンモックの上で、一度瞬きをし、
また心が強張っていくのを感じた。と同時に、心のウォークマンの再生ボタン
が押された。

永遠に二十二歳の君の啜り泣きが聞こえる、そしてその後の歌声、君は。

君の顔が脳裏に浮かんだ。そしてそれを、夜空を見上げ、浮かべた。瞼を閉
じる。小波の先端が踊る。夜明け近く、君がワンピース姿で波に両足を洗われ
て此方をじっと見つめている。僕と君は二歳歳が離れていたけど、いるけど、
僕は君の、後ろのこの星の色の水平線の彼方の太陽をこの手で沈み戻したくな
る。僕と君は、ふわふわと、愛し、.っていて、僕は君と初めて逢った時から、
運命を感じていた。僕の心は、棘が生えてきて、君以外の指先で停止ボタンを
押すのは難しい。君は他人の為に、平気で血を流せる人だから。

この夜が、疎ましくも、愛でたくもある。沈殿し、再び沈んでいくウォーク
マン。自然に忘れていくよりも、切り捨てていく過去の記憶達へ。僕はハンモ
ックを降り、近くのマクドナルドへ向かった。二百円出してハンバーガーとコ
ーラを買ったが、夜が明けてきたことに対して嫌悪感を抱き、コーラを細かい
氷ごと飲み干し、ストローをハンバーガーの上から突き刺した。もうこの店に
は二度と来られないだろう。満月が死んだように沈んでいく。

東京の朝の匂いは、北海道のそれよりも美味しいのは何故だろう? 瞼の二
重の線が痛い。時折通る自動車の運転手全員に好感を抱く、僕の家族は皆死ん
だ、この夜明け前のずっと昔に。この地球に果てがあるとすれば、今僕が立ち
尽くしているこの場所だろう。この夜明けに祝杯を上げたい。君は後ろを向い
たままだ。そしてあらゆる騒音に対して耳を塞ぎ、丸まっている。もう僕にで
きることと言えば、詩と小説を書くことしか無い。

冷たい絶望が詩という人生の終焉に向かって、形而上学的な君の歌声を聴き、
形而下学的な夜の沖縄の波音を聴く。何度も繰り返して聴き続け、形而中学的
な自問自答として作品に魂を注入する。僕は君の幻を思い浮かべながら詩を書
く。君への愛に背中を押され続ける。もうすぐ終わる。もうすぐ終わる。もう
すぐ終わる。と時が今でも流れていることに気付くととても不安定な気持ちに
なる。どうしようもない眼下の雑音はこの先に道が存在しないことを感じさせ
ない。落ちれば其処は、君のいる沖縄の海、かもしれない、とふと思って。

実観的なノートパソコンに反射する僕の存在は詩作の集中力を切らし、鏡を
割る気持ちで波打ち際にそっとこれを置く、ショートした音を聴き終えると、
僕は.の降り始めた三月下.の沖縄の浜辺を、あてもなく裸足で歩き続ける。
そして無意識の内に、君のいる原始林に還っていくのだ。還っていくのだ。


夜の東京の港の無機質な波音を録音したカセットテープを、ウォークマンに
入れて、上書きする晩冬の北海道.川市の吹雪。君の眠っている原始林。永遠
に二二歳の君の啜り泣きと歌。僕達のささやかな幸せに満ちた日常の風。堤防
の春の匂い。行き着く君。すれ違った君と瓜二つの女性の笑顔。見失った衝撃
音。軟体動物的な僕の心を貫く、力強い歌声。嫌でも地球は均等に朝を運んで
くる。こんな薄っぺらなテープに大切な記憶の層が今日もまた、あの遠き日の
粉雪のように、静かに、静かに降り積もっていく、その行為が愛。











夏の夜風と、「Boyfriend」



夜の黒さ、その中に散りばめられた光。七月下.の匂い、無重力になる心、