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心と口と行いと生活で

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「…何?」
先輩もまた、今にも泣き出しそうな顔に成っており、怖々と私の顔を見上げた。
「先輩は明日の夕方、睡眠薬を飲み、?自宅?で、自殺をしてしまうのです」
先輩は大きな瞳をさらに大きく開けて驚いた。
「えっ?」
「此処は、僕の記憶の中の世界なんです。そして、僕は、現実の世界から、?僕と先輩?
を救う為に、先輩の元へ、僕の記憶を遡ってやって来たんです」
「どうして私が明日の夕方に自殺なんてするの? 其の?理由?は? それに、?此処?
は?貴方の記憶の世界?なんかじゃなくって、?本当の現実の世界?よ? 今日の貴方、
本当にどうかしてるわ…」
私は先輩の瞳を見つめながらゆっくりと首を横に振り、とうとう涙を流した。
「先輩、僕を信じて下さい、御願いします…」
私は地面に跪き、頭を垂れ、先輩にそう哀願した。すると突然パイプオルガンの音も悲
しい音に変わって、一陣の生温い風が私と先輩の間を通り過ぎた。
「…分かった。…分かったから顔を上げて……」
先輩は私と同じ様に地面に跪き、私の両手を取ってそっと私の唇にキスをした。其れは
長いキスであった。私の唇と先輩の其れの隙間を、先輩の涙の滴がゆっくりと侵食して行
った。先輩は私の唇から自分の其れを離すと、私は彼女の美しく魅力的な瞳の視線に、自
分の其れを合わせた。
「先輩、僕と明日が終わるまでずっと一緒に居て下さい」
「分かった。貴方の言う通りにする」
私と先輩は立ち上がり、悲しいパイプオルガンの音が聞こえて来る方角に顔を向けると、
私達は再び手を繋ぎ合い、其の方角に向かって歩き始めた。


四 何かを得る為には、何かを失ってしまわなければならないという事
幾つもの茂みを掻き分け、暫くいつもの道を歩き続けていると、どんどん悲しいパイプ
オルガンの音が大きく成っていき、ある時突然視界が開けると、其処には、白亜の巨城が
立ち聳えていた。私とほぼ同時に白亜の巨城を視界に入れた先輩は、其の場で立ち尽くし
た。
「嘘……」
先輩は絶句し、私が彼女に振り返ると、大きく美しい瞳を更に大きくして茫然と白亜の
巨城を見上げて居た。
「先輩…、僕の事を信用して下さって本当に有り難う御座いました…。…実は此の巨城の
中には、先輩に瓜二つの王女が住んで居るのです。其の王女と此の白亜の巨城……、いや、
此の世界は、僕の記憶の中の世界なんです。…其れ以上の事は僕には分からないのですが
……」
私は先輩にそう告げたが、彼女はあまりの衝撃の為か、私に返事を返す事ができなかっ
た。私は先輩の美しい横顔を見つめて居たが、ある時彼女の左手を強く握り締めると、私
は一歩前に進み出し、彼女に声を掛けた。
「さぁ、先輩、王女と共に、明日が終わるまで此の巨城で過ごしましょう」
「う…、うん…」
先輩は戸惑いがちに動揺している視線を下に向け、頷くと、彼女もまた一歩前に進み出
し、私の右手を強く握り返した。
私達二人は白亜の巨城の正門の扉の前に立った。虫や鳥の鳴き声が絶えず森の至る所か
ら聞こえて来る。私は青銅の輪を引き、扉を開けた。すると、中から冷たい空気が流れて


来て、其れは私の肉体の中心部の熱を急激に冷まさせた。其れと同時に、私達二人を此処
まで導いた、悲しいパイプオルガンの音がよりはっきりと聞こえる様に成った。
「誰がパイプオルガンを弾いているのかしら? こんなにも悲しく、美しい音色を表現で
きる人は……」
「パイプオルガン自身がこの音色を奏でているのですよ。プログラミングされた自動演奏
の事を言っているのではありません。本当に、?パイプオルガン自身?が自ら意思を持ち、
歌っているのです」
先輩は驚いた表情を私に向けたが、私が表情一つ変えずに真剣に彼女を見つめていた為
に、.し間が有った後、ゆっくりと頷いた。
「さぁ、巨城の中へ入りましょう」
私は先輩の背中に右手を置くと、彼女は動き出し、私達はひどくひんやりとしている白
亜の巨城の中へ入った。
私達二人が王女の間へ続く螺旋階段を上がっている時も、パイプオルガンは悲しい旋律
を嘆き続けていた。やがて正階段を上り、王女の間に着き、扉を開けて中へ入ると、突然、
パイプオルガンの演奏は止まり、底の無い静寂が私達の周りに纏わりついてきた。
次の瞬間、私は眉を潜めた。其れは、いつも、どんな時でも、私がこの白亜の巨城にや
って来た時、扉の正面に在る窓の前に立って居るはずの王女が、?存在していなかった?
からである。私は自分の目を疑った。普通では無い此の脳裏に映る光景が、私を激しく混
乱させ始め、私は視線を左右に彷徨わせたが、先輩に瓜二つの王女は何処にも居なかった。
「ねぇ、私に瓜二つの王女様は何処に居るの?」
先輩は私の方に顔を向け、不安そうに私に訊ねたが、私には容易に其の答えを返す事が
できなかった。私は先輩から離れて、いつも王女が立って居た窓辺へ向かい、再び視線を
左右に動かすと、私は先輩と目を合わせた。


「いつも此の窓辺に立って居る王女が居ないのです。僕、ちょっと城の中を探して来ます。
先輩は此の部屋で待って居て下さい」
私は窓辺から離れ、先輩の元へ向かい、彼女の両手を自分の両手で包み込むと、正階段
を下り、廊下へ飛び出し、螺旋階段を下りて、巨城の中を奔走した。
白亜の巨城の全ての部屋を二時間ばかり走り回ったが、王女は結局、何処にも居なかっ
た。ひどくひんやりとしていて、陽が全く入って来ない白亜の巨城は、まるで冷たく成っ
た青白い老人の死体を連想させた。私は死んだ老人の腸の様な廊下を歩きながら、窓から
の景色を眺めたが、此の白亜の巨城を取り囲む木々が全く風を受けずにただ、枝を広げて
立って居る事に異和を感じた。
螺旋階段を上がり、再び王女の間へ戻って来て扉を開けると、なんと、窓辺に王女が立
って居た。しかしよく見てみると、其れは先輩だった。先輩は窓辺で不安げな顔で私を見
つめて居た。私は私の中で何かが崩れ去る音を聞いた。
先輩は私に問い掛けた。
「どうだった?」
私は一度俯き、再び顔を上げると、先輩に首を左右に振った。
「何処にも居ませんでした」
「そう…」
先輩もまた私と同じ様に俯き、自分の足元を見つめて居た。
「先輩」
「何?」
先輩は顔を上げ、真剣な眼差しで私を見つめた。
「僕は現実の世界で、先輩の事を愛していました。だけど、躁鬱病の先輩を救う事ができ
なかったんです。僕は其の事を、十一年間悔んで生きてきました。もし、此の世界から先


輩を救う事ができるなら、今までの苦悩も後悔も、其れ等に費やした時間も全て報われる
と思うんです。先輩、僕と此の世界から脱出して、現実で一緒になって下さい」
私はとうとう堪え切れなくなり、溢れんばかりの涙を赤い絨毯の上に幾粒も落とした。
すると先輩も涙を流し始め、大きく美しい瞳を潤ませながら、窓辺から私の元へやって来
て、抱き付いて来た。
「多分現実の世界の私は、とても弱い人間で自分の事しか考えられない人間だったと思う
作品名:心と口と行いと生活で 作家名:丸山雅史