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文芸誌ジョイントオーナーシップ・スペース

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「先行シングルの歌詞を書いている時、なんか、自分の内臓を巨大なスプーン
で抉り出されるような気分だったよ。君は小説を書いている時に、そんな気持
ちになったことはないかい? 僕は、結局書ききったけど、希望のある歌のよ
うに聞こえて、実は?父親?への怨みが、すごく込められた暗い歌詞なんだ」

二階にある、君のバンドのコーナーで、君はニューシングルの表紙のデザイ
ンを確かめたり、裏返したりしてみた。僕は既にインターネットや衛星放送で
流されている、ニューシングルのプロモーションビデオの映像と歌詞を思い出


しながら、手渡された密封されているCDケースを両手で持って、イラストを
眺めていた。そう言われてみれば、確かにプロモも歌詞も.し暗いものだった
ような気がする。文芸誌コーナーに向かう途中、僕は.し上気していた気持ち
が冷めて、しかし僕は其れを悟られないように、君に訊ねた。

「そうだったのかい。ところで、アルバム制作の方は順調かい? いつぐらい
に作業は終了するの?」

すると君の表情は一瞬曇り、コーナーに着いて暫くした後、今夜討論する文
芸誌に載っている今文壇で最も注目を浴びている新鋭作家の中編小説のページ
を開いた。

「末当に申し訳ないと思っているけれど、もう.ししたら作業が終了すると思
う。今、リリックに二、三曲悩んでいて、歌入れがまだ終わってない状態なん
だ。曲はもうできてレコーディングしたんだけれどね。発売日の予定が.し遅
れてしまうかもしれない。メンバーやスタッフには済まない、と思っているけ
ど、…なんていうか、最近父親への憎悪が一段と激しくなってきて、リリック
が煮詰まっていて…。どうしても、作業に集中できない。その代わり、その感
情を吐露した言葉だけが浮かんできて、それを遠回しに薄めて、.しずつ、書
いている…」

君は無理な作り笑いを浮かべて僕に言った。僕は君の心情を案じた。



次の日、僕はCD屋に行って、君のニューシングルを買い、夜通しずっとそ
れを聴いていた。僕が君のバンドの公式サイトに書き込みをしようとしたとこ
ろ、君の日記は更新されていて、次のようなコメントが載っていた。



ニューシングル発売になりました!! 買ってくれたみんな、感想をどう
もありがとう!! アルバムの発売がちょっとした事情で延期になっちゃっ
たけど、その代わりというか、ミニツアーを回りたいと思います。新しいシ
ングルの曲や、アルバムの中からも幾つか曲を披露したいと思ってるから、
みんな楽しみに待っていてね!! そして末当にゴメン!!



僕はそのコメントに対して書き込みをしたが、昨夜君が語っていた君の「父
親」に関する内容は一切書き込まなかった。

「公演」のところをクリックすると、君が書いていたように、ミニツアーの
日程が載っていた。徐々にスクロールしていくと、僕の街でのライブの詳細が
掲載されていた。僕は推敲前の小説のプリントの裏にチケットショップの電話
番号を書き留め、ホームページを閉じた。




翌日、大学の並木道のベンチで彼女にミニツアーの事を話すと、彼女も君の
ライブに行きたいと言い、その場で僕は電話でチケットを二枚予約し、授業が
終わってから、コンビニへ行ってそれを購入した。







ライブの前日は、全くと言っていい程寝付けなく、しかも異常に喉が渇いて、
水をがぶがぶと飲み、トイレに行く為に何度も階段を往復した。それ程僕にと
って君のライブは一大イベントだったのだ。



当日、僕は初めて授業をサボり、彼女(彼女は結構授業をサボっていたらし
いのだ)と地下鉄に揺られてライブハウスへ向かった。



僕達は超満員のライブハウスの最後尾で君のバンドの歌と演奏を黙って観て
いた。何度も君に声を掛けたい衝動に駆られたが、その度にその感情を圧し殺
した。歓声が物凄い。隣の四十代後半の男性の歓声が非常に耳障りだった。彼
女は苦笑いし、男性が汗を僕の顔に飛ばして、君の歌に.わせて歌っている事
に不快を感じずにいられなかった。しかし、と僕は思った。君のバンドのファ
ンは、ステージ開始前に様々な人々とすれ違って感じた事なのだが、ロックバ
ンドとしては、実に年齢層が広いな、ということだった。上は白髪混じりの初
老の人もいれば、下はどう見ても小学生低学年だろうという子供もいる。アニ
メのタイアップ曲が多いからその影響かもしれない。リズムのスピードについ
て行けなくても、歌詞の意味が分からなくとも、それぞれの不足分を、文学的
な歌詞や、疾走感溢れるリズムで補っているのかもしれない。演出もまた、良
かった。ギターやドラムの音に.わせて、カラフルなスポットライトに照らさ
れる君。最後尾の観客にも、ちゃんと臨場感が伝わるように計算されているの
だ。これが最前列だったらどんなに良かっただろう。もしかしたら君の唾や汗
がかかってしまうかもしれない。しかし、君の歌に酔い痴れていて、そんなこ
とくらいこの会場の観客達は誰も気にしないだろう。逆にさらに歓声が大きく
なるかもしれない。スタート時から、間髪入れずに、十曲以上聴いたような気
がする。途中、興奮し過ぎたのか、眠たくなってきて、意識が朦朧としていた
ところを、彼女に、大丈夫? と耳打ちされてはっ、とした。ある過去のアル
バムの収録曲の演奏が終わると、ステージ上が明るくなり、一言だけ、君が、
自分のバンド名を告げた。沸き上がる歓声。すぐさま、今度は、最新アルバム
に収録予定の曲だろう、今まで聴いたことの無い激しいロックチューンを演奏
し始めた。初めて聴く曲というものは始め、違和を感じるものだが、この新曲


に関しては、そういうものが全く感じられなかった。寧ろ聞き惚れた感じがあ
って、一番目の曲のリズムをいつの間にか覚えていて、歌詞は分からなかった
が、皆、拳を高く突き上げ降り続け、腕から滲み出てきた汗を飛ばし、喉が潰
れるんじゃないかと思うほど絶叫していた。大サビに入る前、興奮が頂点に達
したのか、一人の若者が、友人であろう肩の上に乗っかって、観客に思いっ切
りダイブした。君は思わず笑い、その声がマイクに入って、群衆達で埋め尽く
された会場は彼らの笑い声で満たされた。

更に演奏が続いた。時間の感覚の麻痺と、自分が自分で無いような錯覚に陥
ったが、自分を見失わないように、彼女の手を強く握り締めた。彼女はこんな
異次元のような空間でも絶えず冷静だった。僕は彼女が退屈しているのではな
いかと不安になったが、横顔を見ていると、微かな微笑みが浮かんでいたので、
彼女は彼女なりに楽しんでいるのだと認識し、連続されて演奏される曲を喉が
からからになるまで君の声に.わせて熱唱した。

会場の観客達がバテてきた頃.いを見計らっていたのか、君と君のバンドは
歌と演奏を止め、一旦舞台袖に下がり、企画ツアー限定Tシャツとズボンに着
替えて、波のように押し寄せる喝采を浴びながら、フリートークを始めた。照
明がステージ上を真っ白に照らして、君は時々水分補給をし、これまた企画ツ