小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

文芸誌ジョイントオーナーシップ・スペース

INDEX|3ページ/14ページ|

次のページ前のページ
 

して成功できなかったら生い先真っ暗だとか死ぬまでバイトしないといけない
と思うと惨めで、涙が溢れてきて。でも、バンド活動と創作活動は続けていた
よ。きっといつか日の目を浴びることを信じて。毎日が試練の日々だと思った
よ。そしたら、あるライブハウスが主催する小さなコンテストでグランプリを
獲って、それからかな、どんな挫折も苦悩も前向きな思考になるエネルギーに
なっていった。歳月を重ねていく内に、昼の部から夜の部に上がっていって、
一年に二、三回だけど、お世話になっていたライブハウスでワンマンライブが
できるようになってさ。それまで多くてお客さんが十人程度だったんだけど、
口コミで僕達のバンドの良さが広がっていって、普通のライブでも百人ぐらい
集まるようになったんだ。そして自分達で録音したテープを配ったりして。そ
れが三年ぐらい続いたかな。丁度今の時期ぐらいに夜の部で演奏をしてた時に、
インディーズのレコード会社の関係者が観に来てくれていて、ライブが終わっ
た後、楽屋にやって来て、『君達のテープを聴いたよ。すごく良かった。うち
の会社からデビューしないか?』と声を掛けてくれたんだ。その時の嬉しさと
いったら今でも形容しがたいよ。とにかく、メンバーと無意識の内に歓喜の声
を上げて、思わず飛び上がっちゃったよ。バンドを組んでから五年。ようやく
僕達はCDデビューすることになったんだ」



君はそこで話を切り、胡座を掻いた足の上に、掌を組んだ両手を置いて体を
前後に.しだけ揺らし、新しい煙草を口に銜えた。

「それから?」

僕は話の続きを促した。

「それからはまるで夢のようにトントン拍子で、人気に火が点いて、ミニアル
バムがインディーズチャートで何週も一位になったり、メジャーデビューして
いる人気バンドの前座を任されたり、全国をツアーで回ったりしたよ。色んな
企画を考えて楽しかったなぁ。あの時は歌作りでもイマジネーションが爆発し
て、メジャーデビューしたら発表しようと思った名曲が沢山できたよ。アルバ
ム十枚分ぐらい曲のストックが溜まっちゃって、『メジャーで絶対ウケる!!』
と確信しながら作ってたよ。今発表しているのがそれらの一部で、僕達は今、
三年先のアルバムの曲の練習をしているよ」

君は自信と余裕に満ち溢れた目つきで僕を見た。

「すごいや!!」

僕は君の話に入り込み、身を乗り出して聞き入っていた。天井の照明が奥の
出入り口の硝子扉付近に永遠に変わらずに続くと感じさせる暗闇の濃淡を作り、
僕は君とこの閉ざされた空間にいることで心に平安を齎されている事に気付い


た。何時までもこの瞬間が続けばいいと思っていた。僕は君に何かを与え、君
は僕に希望を与えてくれていた。そう確信していた。



僕達は一旦話を中断し、君のバンドが出しているCDを見に、中央の階段か
ら二階へ上がった。この書店には、一階に末、二階にCDやDVDを置いてあ
るのだ。国内アーティストのコーナーには、君のバンドの特設コーナーが設け
られていて、TVの前に、今年の初めに催された、アルバムツアーではなく、
企画ツアーで回った公演のラストステージの模様を収めた新作DVDと、PV
集第二弾のDVDが立てかけられていた。君はシングルやアルバム等の全ての
作品のジャケットを自分で描いていて、その独特の世界観は美術家達の間でも
評判だった。一部の文芸家の中には、『小説家や詩人になれる才能がある』と
まで評価されていた。けど僕は、彼が音楽活動の傍ら、小説や詩を書くように
なったら、君との距離がどんどん遠くなっていくような、手の届かない存在に
なるような気がして、不安だった。君はミュージシャンのままでいいんだ。ど
うしてそんなにマルチな才能を秘めているのか僕は不満を持った(嫉妬した)。
まるで人間は皆平等ではないという当たり前の概念が僕の心をきつく捻って、
不安に似た苛立ちの汁を搾り出させようとするかの様に胸の中を満たして息苦
しくした。絵はいいとしても、文学に傾倒するのは止めてくれ、と思った。そ
れは?僕?のテリトリーなんだから、と。僕は君の描いたシングルとアルバム
のジャケットを見て談笑していたが、それは上っ面だけで、心の中は徐々にど
す黒く、静かに渦巻き始めた。



TVの電源を入れ、僕達は君のバンドのライブ映像を見ていた。空はさっき
より.し明るくなったような気がした。

「君だけに初めて言うけど、大学を出てミュージシャンを目指す前は、実は僕
は作家か画家になりたかったんだ。三人兄弟の未っ子の僕が二十歳になった時
に、両親は離婚した。両親に対しての恨みを、歌として昇華させて表現する前
に、絵か活字によってその想いを発散したいと思っていたんだ。僕にとって、
両親の離婚とは、この世の全てであり、最も?不条理?なことだったんだ。予
想もしなかった事態を受け止めることができず一時期、引き籠もりがちになり、
精神が不安定な僕を心配した父親から退職金の一部だけ渡されて途方に暮れて
いた母親に、心療内科へ連れられて行ったんだ。勿論その間も歌を作り続けて
いたけどね。今思い返せば希望のない暗い歌ばかりだったよ。父親は僕が小さ
かった頃から母親に暴力を振るっていてね、上の二人の姉はただ泣きっぱなし
で、僕は何もできない姉達と泣くことさえできない僕自身に不甲斐なさを感じ
ていて、その光景を鮮明に脳裏に焼き付けることしかできなかったよ。僕は昔


から父親を許すことができなかった。だから、公務員で収入が安定している父
を、いつか超えて見せようと野心を燃やしていた。その願いが神に届いて、後
天的に、色んな才能を引き出してくれたのかもしれない。僕の自分の心の傷が
─どれくらい深いものか自分では測りきれないけど─、変化して、それらを生
み出す原動力になったのかもしれないけどね。でも僕が父を超えるためには、
やっぱり歌が一番の手段だと思った。視覚的に父親に復讐するだけでなく、父
親が盲目になっても、聴覚的に、自分の罪を、後悔させたいと思った。『百聞
は一見にしかず』というけれど、末当の苦というのは、自分の息子から発せら
れた言葉を受けた時に初めて身に沁みるんじゃないかと思ったんだ。末当の障
害とは、罪人達の為にあると思うんだ。僕は頭の中で何回も父親の目を潰した
よ…。父親がいかに酷い人間かということを、世間に知らしめたかったのがミ
ュージシャンになりたかった末当の理由かもしれない。だけど僕が売れて有名
になり、父親が僕に近付いて来た時、僕は父親の事をあっさりと許してしまっ
た。ああ、僕の憎しみとは心の傷の深さとはこんなにも浅いものだったんだ。
なのに誰にも知られずにあんなに父親をネタにして切り売りしてしまった、と
罪悪感に陥ってしまったよ。僕の暗示的なメッセージは、既に世間に浸透して
しまっていて、もう取り返しのつかないところまで来てしまったと、今初めて
他人に話して後悔したと思った。こんな話自体するべきではなかった」

君はライヴDVDのアンコール前にTVの電源を切り、何か落ち着かない様