文芸誌ジョイントオーナーシップ・スペース
出て来る君の様子を必死に伝えていた。ある局のスタジオでは、君が拘置所か
ら出てきた時の映像を何度も流して、真実が明らかにされるまで君を散々罵っ
ていたコメンテーターが、インターネットに書き込んでいる連中と同じように、
君に対する肯定的な意見によって、まるで今までの自分達の過ちを挽回しよう
としていた。僕は、彼らに対して、無意識のうちに、距離を置いていた。と、
同時に自分に対して後ろめたさも感じていた。?君が末当に父親を殺したとい
うことを、疑うことすらできなかったこと?に。僕は思わず自分の愚かさのあ
まり顔が赤面してくるのを感じた。その夜は、トップニュースではないが、君
の無実が確定し、釈放されたという報道がどのTV局でもなされた。彼女から
も何通ものメールが来て、それを見る度に、報道の信憑性と現実感が湧いてき
た。
君は釈放後の記者会見をやらなかった。ただ、君のバンドの公式ホームペー
ジに、レコード会社のスタッフから、後日新たにホームページをリニューアル
して、アルバムの発売も君のブログも再開し、その中で君からファンに向けて
何らかのコメントを発表すると書いてあった。僕はその知らせを観た途端に、
沈んでいた気持ちが一気に全快して、その日が来るまでまるで子供のようにわ
くわくして待っていた。
それから一週間余りが過ぎた頃だろうか、停滞していた感情を振り払い、一
気に書き上げた卒論を教授に提出し、帰宅して仮眠を取った後、日付が変わる
前ぐらいにインターネットに繋いで君のバンドのホームページを観てみると、
トップページが一新されていて、一番右下にはフランス語で君の名前が書いて
あった。おそらく君がこの一週間で作ったものだろう。それは斬新さで満ち溢
れていた。ブログを覗いてみると、丁度三時間前ぐらいに君からの謝罪の言葉
と、これからも応援して下さいという旨の文章が書き連ねてあった。更に、ア
ルバムツアーの発表も同時に告知されていた。僕はそのコメントを何度も読み、
しっかりと頭の中に刻み込んでいた。携帯電話で彼女に君のホームページの事
を話すと、彼女は会話をしながらそのホームページに繋ぎ、君のコメントを読
むと、喜びの声を上げていた。電話を切った後、僕は嬉しさのあまり今月下.
〆切りの小説を始めから推敲し始めた。しかし、その感情とは紙一重に、言い
ようのない悲しみが背筋からせり上がってきた。
僕は完成間近の作品を持って文芸誌コーナーへやって来た。君が僕より先にこ
の場所で待っているのはこれで三度目だった。煙草は吸っていなかった。釈放
されてから散髪したのか、君はいつもより短めのヘアスタイルで、髭も綺麗に
剃ってあった。君は心身共にリフレッシュしたような印象を受けた。暗闇の中
から僕を見つけ出すと、いつもの癖でだらしなく右手を挙げ、そのままゆっく
りと手招きした。
僕がライト一つの文芸誌コーナーに着くと、君は口元を緩めたが、次第に真
剣な表情になっていった。
「突然で悪いけど、今まで?僕?と?君?が月に一度、この空間…世界と言っ
てもいいかな、出会うことができたのはどうしてだったと思う?」
僕には不思議とすぐに返答することができた。
「それは実に不思議な事だと思うけど、─僕等お互いがお互いを…似た者同士
を求めていたから─じゃないからかな?」
「僕もそう思うよ。僕達は心に同じ暗闇を持っていたんだ。父親への憎悪とい
う暗闇をね。それが僕達をこの世界に結びつけたんだ。僕達は意識的にずっと
欲していたんだ。自分と同じ暗闇を持つ者と理想の世界を共有することを。で
もそれは実は更に孤独を深める結果となった。現実から自分の世界の殻へ閉じ
籠もる原因になった。でも自信の無い自分を鋭利な凶器にすることができた」
僕は君の最後の言葉が何を意味しているのか暫く分からなかった。
「…君は君の父親の隠し子を庇っていただけじゃないか…譬え殺意を持ってい
たとしても君は君の思うように裁かれることはないよ…」
君は初めて僕の言葉を遮るように答えた。
「僕は?父親?を殺したいぐらい憎んでいた。だから僕も末当の意味では罪人
なんだ。いつ何時爆発するか分からなかったんだ。俗に言う運命の悪戯さ。父
親の隠し子は僕が警察に通報するまでの四時間の間、僕に殺した理由を話して
くれたんだ。僕と同じような考えさ。ただ、?自分の倫理に背いていた?だっ
たからだってさ。隠し子は暗闇の中で生まれて、ろくに教育も受けられずに歪
んでしまい、?やはり?っていうのは僕の蔑みだけど、ちょっとしたはずみで
殺人を犯してしまったんだ」
僕はそれを聞いて自分の中にある沈静していた暗闇が激しく蠢き、頭が混乱
した。君や君の父親の隠し子のような思考に至るのを想像するだけで、恐怖に
より全身の血行が悪くなった。
「…どうして隠し子を庇ったりしたんだい?」
「それには二つ理由があって、一つは、隠し子の不幸な生い立ちや、これから
の.来のことを考えたら、良心が黙っちゃいなかったのさ」
「真実は必ず暴かれてしまうよ」
「…それともう一つは、さっきも言ったように、僕も罪人という意識があった
からさ。神と法の狭間に僕の真理の世界があって、其処で僕は罰を受けようと
その機会が訪れるのをずっと待っていたのさ。…精神状態は限界だった。だか
ら僕の中では、正義と悪が対立していたんだね。まるで僕の中の中心から、一
末の線を引いて二つに分けたように。…あれ程隠し子には忠告しておいたのに、
結局彼は自首してしまったね。やっぱり君の言う通り、真実は必ず暴かれてし
まうんだね。自然にではなく、必然的にね」
「決して恵まれた環境で生まれて育ったわけではないにしても、隠し子にもち
ゃんと理性が備わっていて、きっと、?君が代わりに捕まっちゃったら駄目だ
?と長い苦悩の未に結論を出したんだろうね。それこそ自分自身の理性や倫理
に?背く?ことができなかったんだ。僕は、そう思うよ」
君もまた、僕の言葉を吸収して暫く沈黙があった未に、ゆっくりと頷き、唇
を緩ませた。僕は久々に君の笑顔が見られて、嘘も偽りも無く、純粋に嬉しか
った。と同時に、無意識の内に、そろそろ君から依存乖離しなければ、という
声が僕の中から聞こえた。それは君との別れを意味していた。どうしてそのよ
うな声が聞こえてきたのか。君は僕を見てずっと微笑んでいる。その間勝手に
思考を始めた僕の脳は、君が突然メロディーを口ずさむと同時に答えを生み落
とした。
「思いついた」
突然君はそう呟いて、何度も美しいメロディーを口ずさみ、改良を繰り返し、
僕に聞かせながら、自分自身にも聞かせているようにも見えた。
「僕達は自分自身の暗闇を光に変え、且つ同じそれを共有する空間からそろそ
ろ脱却しなければならないね」
すると君は.し驚いた表情をすると口ずさむのを止めて、穏やかな表情とな
り、眼球が光沢を帯びてきた。
「その言葉を僕はずっと待ち望んでいたよ。僕自身自分からは中々言い出せな
作品名:文芸誌ジョイントオーナーシップ・スペース 作家名:丸山雅史