文芸誌ジョイントオーナーシップ・スペース
えなくなるかもしれないということを…。…父親を殺したから当たり前のこと
なんだけれど…。よく考えてみると、僕が法廷でどんなに足掻いてみても、?
死刑?にはなり得ないんじゃないかってさ…」
「…それはそうだよ…現代日末の法律は古代のハンムラビ法典じゃないからね
…」
僕の中の天秤は、君に会えなくなるということに傾いていた。想像すること
が困難な程、恐怖が肩から上へ鳥肌を立てながら上がってきた。僕はこの空間
のように、自分の創った殻に閉じこもっているのにようやく気付いた。僕の孤
独の空間と、他人(君)の孤独の空間が奇跡といってもいいぐらい、繋がり.
って、この空間を形成した原因は、ネットの出会い系サイトのように、悩みを
抱えた孤独なお互いが、自分に似た他者を必死に求めたようなことと同じこと
なのだろう。僕は君が重大な罪を犯したことによって、孤独の恐怖が今度はも
っと強烈に襲い掛かってきた上に、突然の寂しさの感情が胃から食道へ巨大な
アメーバのようにせり上がってきた。
「次は…だから…もう君とはこの場所で会えないと思う。煙草を吸っていた時
に、君との楽しい時間を沢山思い出していたんだけど、自殺する時もそれらの
事を再び走馬燈のようにフラッシュバックがされるのかな、なんて考えてたり
してさ。来月…君が小説を応募する新人賞の〆切り月だけど、ごめんね、君の
作品が掲載されるまで?生きていることは許されない?んだ。決してね。…ち
ょうど季節が冬から春になる頃だし、こんなこと突然言われても無理かもしれ
ないけど、僕のことは綺麗さっぱり忘れてくれ。…その代わり、君も気付いて
いるかもしれないけど、今日はおそらく、僕の?心の闇?のせいで朝日が昇っ
てこないから、君は思う存分僕と話し.える。ただし今日が最後さ…」
君の瞳から突然涙が溢れてきた。そして僕が見たこともない世界を具現化さ
せたように、君は頭を垂れて思いっきり大声を上げた。それは僕の感情を炎の
ように揺らめかせ、反射的に身を乗り出させた。だが、僕は?君に触れたくな
かった?。僕の心が引き留めたのである。?君?に触ってしまえば、悪しき心
が自分に感染すると思ったからである。冷たくなった心の中は、その刹那に後
悔し始めた。僕は瓶に入った酒のように、体が絶望で満たされ、ちゃぷんちゃ
ぷんと音がしそうな程だった。無意識に絶え間なく涙が溢れ、じりじりとその
純白さの中心に、光を当てて穴を開けようとしていた。その代わりに、心の表
面だけ、体温並みに暖かくなり、それで肩を震わせながら涙している君を毛布
のように包んであげたかった。僕は初めて君の手を握り、ただ黙って君を平静
に戻るのをじっと待っているしかなかった。それは同時に、僕の心のそれを?
得る為の?行いだったかもしれない。
どの位の時間が過ぎただろう。急に瞼が重くなってきたので、力の限り頭を
振って、眠気を吹き飛ばそうとしたが、すぐにそれが全身に毒のように回り始
めて、断続的に意識を失った。君の手を離さないように、重心が後ろに傾いた
り斜めに傾いたりしても、粘り続けた。しかしとうとう力尽きたのか、僕は君
の手を離して、仰向けになりそのまま意識を失った。
【三月】
TVのニュースや新聞は一ヶ月以上経った今でも、事件を起こした君の精神
鑑定を行ったという報告や、現在でも慎重で厳格な事情聴取や実証見聞が行わ
れていることを時々にではあるが、各媒体で報じた。ネットの掲示板では相変
わらず、事件とは全く関係のない事実無根の誹謗中傷の書き込みが嵐のような
凄まじさで書き込まれていた。両親には、大学院の授業を休んでいることは黙
っていた。譬え、こんな状況や状態で出席しても、何も頭に入らないと思った
からだ。代わりに、図書館で、携帯電話やパソコンから君に関する記事を観て
いた。僕は煮えたぎる感情を抑え、ただじっと画面を睨み付け続けていた。と、
同時に、どうしようもないという諦めをつけている自分がいた。その存在に不
慣れながらも、徐々に怒りの手綱を緩めていたのだ。彼女は僕が授業に出られ
ない理由を知ってはいたが、留年を不安視し、度々僕に忠告していた。しかし、
僕は彼女の言葉を拒否し、自分の殻に閉じ籠もったままだった。殻の中で僕は
苦悩し、諦めさえも自分の首を締め付けた。インターネットに書かれている君
の中傷や批判は、観れば観るほど心をズタズタにし、観なければパニックにな
ってしまいそうなほどのネット中毒患者になってしまっていた。僕の頭は過激
な書き込みのフラッシュバックで満ち溢れ、一日中それらが胸に突き刺さるよ
うな痛みを感じていた。さらに、大好きな読書からも遠ざかっていた。君が拘
置所にいて、もう文芸誌を読んでいないということが僕をそうさせていたのだ。
夢現のような状態で日々の境目が見分けつかなくなってしまっていたある日
の朝、苦痛に耐えて携帯電話でインターネットのトップページを開いてみると、
トップニュースに書かれた記事と、その瞬間に画面から放たれた光で一気に覚
醒した。
?容疑者の父親の隠し子が出頭。殺人容疑で逮捕?
僕は記事を開く前に、自室から飛び出して、一階の居間へ駆け込み、TVを点
けた。僕は映像とテロップだけでは頭に入らず、郵便受けから朝刊を引っ張り
出して一面と第一社会面の活字を舐めるようにして読んだ。何度も読み返した。
暫く放心状態で新聞を持ったまま母親が起きてくるまで微動だにできなかった。
朝刊の記事と、TVから流れる報道で、君は隠し子が父親を殺したことを庇っ
て自分が罪を被っていたことを知った。今日の午後にも、君は刑務所の拘置所
から出てくるらしかった。朝食も取らず、自室に戻りインターネットに繋ぎ、
巨大掲示板のニュース速報のページを観てみると、君の釈放に関するスレッド
が幾つも、大々的に立てられていた。書き込みも、今までに見られた罵詈讒謗
が掌を返したように尊敬や称賛的なものに変わり、僕はそれら一連全て読むと、
高揚感や安堵感とともに、人の気持ちの変化の早さと無責任さに軽蔑の念を抱
いた。しかし、僕だって君に失望していたことを思い出すと、自分が情けなく、
恥ずかしくなった。
大学でもちらほら君の噂を耳にした。かなりの間授業を休んでいたので留年
も覚悟していたが、教授に訊いてみると、今後休まずに出席すれば、問題はな
い、ということだった。その日は夜遅くまで学校にいたが、休み時間の時は必
ずワンセグやインターネットで君の報道を逐一確認していた。僕は君に関する
ニュースも、巨大掲示板の書き込みも、全てチェックしていた。昼食の時間頃
だっただろうか、ニュース番組の途中で、「速報」のテロップが入り、君が無
事釈放されたことがどの局に切り替えても、報じられていた。それまで流れて
いた番組の内容が急遽変更され、報道フロアーから刑務所の拘置所に中継が繋
がれ、ある女性アナウンサーが、他の局のクルーや、君のファン達に揉みくち
ゃにされながら、一目で誰でも分かるほど痩せ細った状態で荷物を押しながら
作品名:文芸誌ジョイントオーナーシップ・スペース 作家名:丸山雅史