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ね。…僕は僕に関わるあらゆる人間を裏切ってしまった。妻や子供や親戚、バ


ンドのメンバーやレコード会社の人々、…そして大勢のファンをね。…そして
君の事も…。僕はミュージシャンとして失格の前に、人間として失格の烙印を
自ら押してしまった。僕の.来はもう深い暗闇の中だよ。全てを失い、いや、
全てを手放したのかな。…でも君は僕に会いに来てくれた。純粋に嬉しいよ…。
?父親殺し?の罪を犯した僕を?君?は怖くないのかい? 殺人鬼なんだぜ?
僕は? …君の表情を見る限り、君は僕に対して激しい憎悪を抱いているように
見えるけど、まあ君を裏切ったのと同じようなものだから、そう思われてもし
ょうがないね…」

君は脅迫じみた言葉の割に、淡々と喋りほんの.し頬を緩ませた。僕は.だ
金縛りが解けなくて、君の既にこれからの人生に諦めがついているような態度
をただ見下ろしていると、余計に悲しさが込み上げてきた。

「……」

「…君がショックのあまり声が出ないのはよく分かるよ。あんなに僕のことを
信頼してくれてたのに、?友達?として親しくしてくれていたのに、その結果
があのザマだからね。これでよく分かっただろう? 僕はもう君の知っている
ような善良な人間ではない。…元々善良な人間じゃなかったのかもしれないけ
ど、?悪人?であり、?罪人?なんだ」

僕はその話を聞いて失意のどん底にいたが、やっとのことで声を腹の底から
搾り出した。

「…どうして君は自分の父親を殺したりなんかしたのさ?…」

しかし君は再び俯いたまま、何も喋らなかった。僕はまだ君が起こした現実
を信じきることができなかった。僕は君を目の前にして軽いパニックに陥って
いた。

「…どうして…どうして…」

君の全身からは僕の心を凍り付かせようとするような沈黙が発散されていて、
それはこの空間の空気をも重くし、肌に張り付いて離れなかった。僕はあまり
にも現実離れした恐怖を感じ、鳥肌が立った。君の瞳は輝きと共にその沈黙を
貫通し、文芸誌の表紙を熱しているような気がした。

「父親が憎かったからさ」

君は両腕を膝の上に置いて、瞳の輝きを頭髪の影に隠し、僕の感情を震わせ
た。

「君が末当に自分の父親を恨んでいたのは分かるよ。けど…けど、幾ら何でも
殺したりするのは行き過ぎだったと思わないのかい?」

君は暫くベタ付く沈黙の後、まるでもはや死んでしまった父親を嘲笑うよう
に呟いた。


「…僕はただ、彼に対して罰を与えただけさ。彼は─人間失格の僕が言えたも
んじゃないけど─死に値する程の罪を犯したからさ。いいかい、君だけに忠告
しておくけど、?悪魔?を罰せられる資格があるのは、当事者にそれ相当の苦
痛を受けた者だけなのさ。だから僕は自分が悪いことをしたとは思っていない。
でもそれはこの人間社会から見れば、自己中心的な行動や思考だと大勢の人間
が思うだろう。譬え今回の事件で、僕が死刑を免れたとしても、獄中で自殺す
るつもりだけどね。何故かというと、目に見えない大勢の人達を僕はやはり、
裏切ってしまったからさ。もちろんこれから始まる裁判でも、この事件で被害
を受けた人々には精一杯の謝罪をするつもりだけど、?人間?が下した?罰?
をまともに受ける気は全くない。寧ろ反省の色など全く見せず、極刑を望むね。
それがもし叶わなかったら、さっきも言ったとおり、自殺を図る。僕の心は今、
あの忌まわしい呪縛から解放されているんだ。魂が天にも昇るような気分さ。
…そう言えば拘置所ではろくに煙草も吸えなかったから、無性に煙草が吸いた
いね。君…、あっ、君は煙草を吸わなかったね…」

そう言い終わるか終わらないうちに、僕は反射的に胸ポケットから君の愛用
している銘柄の煙草を取り出し、君に箱とライターを同時に渡した。

「あっ…、僕の為に煙草を持ってきてくれたんだね! 有り難う!…」

君は徐に煙草を取り出し、口に銜えて、火を点けた。

「…ふー、やっぱり旨いね! 最高だ」

「…ずっと前から思っていたんだけど、歌手なのに煙草なんて吸っていいのか
い? 喉に悪いんじゃないのかい?」

僕は君がとんでもないことをやらかした事によって、今までは言いにくかっ
た言葉が何の弊害もなく出てきたことに、言葉を発してしまってから後になっ
て後悔した。

「…ははは、煙草をやたらと吸いたくなったのは、父親のことでストレスが溜
まって耐えきれなくなってきてからさ。…でも、?父親?を殺した今となって
は、ミュージシャンとして復帰するのは無理だから、もうどうでもいいのさ!
ハハハハ!!…」

君は妙にテンションが高かった。あんな事件を起こしたのに。僕は先程まで
の怒りが失望や悲しみに転化して、急に視界が狭まった気がした。

「…やっぱり、煙草なんて吸わない方が良いよ…」

僕は無意識の内に、君が出所してきた後に、再びミュージシャンとして活動
できると信じて止まない自分がいるのを発見した。しかし、解き放たれた感情
の終未は、あまりにも残酷に雰囲気を暗く照らし、僕の涙腺を激しく拡張させ
た。


君は真っ白な煙草の煙を投げやりに文芸誌に吹きかけ、煙草を持っている右
手を胡座に置いて、まだ肺に残っていた煙が僕の心を突き破るような大きな溜
め息によって、薄い色で吐き出された。

君は躁鬱病の患者のように、瞬く間に落ち込み、前髪の影で瞳が隠れた。僕
はその暗闇の中にきらりと光るものを見たような感じがした。時刻を見ようと
したが、この空間にある全ての時計の針が、消え失せていた。この空間に流れ
る時間が分からなかった。そして、いつまで経っても、朝日が昇らなかった。
まだ太陽が昇る時間でなかったのかもしれないし、もうすでに昇る時間を過ぎ
たのかもしれなかったが、僕や、どす黒い暗闇に沈んだ君にはどう考えてみて
も分からないだろうと思った。そして.なくとも僕は、この場所から動くこと
は出来なかった。



急に寡黙になった君は、煙草の箱を一箱空けるまで無言だった。ただひたす
ら、僕から新たに渡された携帯灰皿を満杯にするまで灰を落とし、煙草を吸え
るところまでぎりぎり吸った。僕は煙草の煙を上空に向けて吹いたり、文芸誌
に向けて吹いたり(もう文芸誌なんて眼中になかったのかもしれない)する君
をずっと眺めているうちに、一つだけ点いた照明の効果もあって、まるで?取
り調べを受けている罪人と、取り調べをしている刑事?のように映った。勿論
前者が君で、後者が僕だが…。何故だかそういう風に見えること自体が、?至
極正当な心の反応?で、その中には?僕?による?君?への裁きのように僅か
に思えたのだった。もう僕の中には君を絶対視し、信頼している僕はいなかっ
た。しかし、今までの君との記憶を思い出すと、その僕の不在を、崩壊させよ
うとする?運動?すら感じ取ることができた。その遠ざかる感覚の変化を君の
いる方角から凝視していた。

「…なんていうかね、薄々僕は感じるんだ、…いつの日かこの場所で君とも会