冷たい夜
「そんなブルーな顔してるところを見ると、オニーサンにはまだ聞こえてるんだねぇ」
「まだって……アンタにはもう聞こえないのか?」
「当り前じゃん。あんなモン3日目には綺麗さっぱりと消えて熟睡してるよ」
「どうやって? 除霊でもしたのか?」
「アハハハハハハハハッ」
俺の言葉がよほどツボに入ったのか、女は文字通り腹を抱えてゲラゲラと笑う。
深夜の住宅街に下卑た笑い声が響いていくのを俺は呆然と見ていた。
「アレはさあ、幽霊なんかじゃないよぉ」
笑い終えた女がこちらを見る。
「え?」
「あの声はオニーサンのザイアクカンが生み出したものなんだよ。外から聞こえてるんじゃなくて、自分の頭の中であの日の声を再生してるだけ」
「俺の……罪悪感?」
「オニーサン優しそうだからね。今でも(もしかしたら助けられたかも知れない)とか思っちゃってんだよ」
「……」
「そんなことするわけないのにねぇ。カーテンを開けて倒れている親子を見つけたら助けに行くの? あの雪の中を? 明日も仕事なのに? それから病院とか警察とかに電話したりして面倒見んの? そんなのアリエナイ。だから、カーテンを開けなかったんでしょ? 空耳だと自分に言い聞かせてさあ」
「いや……俺は猫の鳴き声だと思って……」
「アハハハッ、そりゃいいねえ、ネコの鳴き声かあ。その発想は無かったわあ」
「……」
「まあ、ホントは自分で助けに行かなくたって、ケーサツに電話すれば良かったんだよね。『公園でヒトが倒れてますよぉ』って。でも、やっぱり面倒だから無視しちゃった。(誰かが電話くらいするだろ)とか思ってたんだけど、だぁれも電話すらしなかった」
「お……俺は……」
「オニーサンは悪くないよぉ。だって、ネコちゃんの声だと思ったんでしょ?」
そう言って、女はまたゲラゲラと笑う。