冷たい夜
職場の忘年会で酒を飲んだ俺の足は多少フラついていたが、駅から家まで歩いていくのには何の問題も無かった。ボロアパートの錆びついた階段を上りながら二階にある自室へと向かう。
「オニーサン元気無いねぇッ!」
突然に下から聞こえてきた声に俺の身体はビクンと反応し、心の中で舌打ちしながら階段の下を見る。そこにはいかにも水商売という格好の女が俺を見上げて笑っていた。
この女は俺の部屋の隣に住んでいるので、さすがに顔は覚えていた。名前は忘れたが。
「ウチの店に遊びに来れば、いくらでも元気にしてあげるよぉ?」
階段を上って近づいてきた女の香水の匂いが鬱陶しい。俺は無言で頭を少し下げて背を向けようとした。
「もしかして……オニーサンも聞こえちゃったの?」
「えっ?」
俺の反応を見て、女は満足そうに口元を歪めた。
「死んだ赤ちゃんの泣き声が聞こえるんでしょ? お母さんの声なんかも聞こえた?」
なぜか嬉しそうな笑顔を見せながら、女は俺の顔を覗き込んだ。
「……アンタも聞いたのか?」
「ウンッ、聞いたよぉ。あの日の夜に聞こえた赤ちゃんの泣き声」
やはり母子の呪いは俺だけじゃなく近所の住民にも向けられているらしい。