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冷たい夜

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 毎夜、部屋の明かりを消す前に俺は耳栓をする。
 そんな事は無駄だと分かっていたが。

 あの日以来、眠ろうとすると必ずあの“猫の鳴き声”が聞こえてきた。
 いや、あれはたぶん赤ん坊の泣き声だったんだろう。
 つまり、これは死者の声だということだ。

 あの日、母子を助けなかった俺に対する呪いなのか。
 そんなのお門違いだ。あの公園の近くに住んでいたのは俺だけじゃない。だいたい、俺は猫の鳴き声だと思ったんだ。知っていて見殺しにしたわけじゃない。
 そんな弁解を心の中でいくらしても夜中の声が消えることは無かった。

(本当は知っていたんでしょ?)

 時々、赤ん坊の泣き声に混じって母親の声まで聞こえたような気がして背筋が凍る感覚に襲われる。

 たぶん、俺は死んだ者達を知っている。あの公園を通り道にしていた母子を見なくなったから。別に知り合いでも何でもなかったのだが、胸に抱いた赤ん坊に話しかける母親の声が優しげだったのは今でも覚えている。

 突然に冷たい雪の中で死ななければならなかった親子。
 その無念は分かる。分かる気がする。
 でも、生きている俺を呪ったって何の解決にもならないじゃないか。この付近の住民も平等に呪われているのだろうか? そんなことを聞けるような親しい人間は近くにいない。
 呪われた地から引っ越すような金も俺には無い。

 ただ、この怪奇現象に耐えていくしか選択肢は無かった。



作品名:冷たい夜 作家名:大橋零人