じれったいのよ。
違う。違う、こんな事を言いわせたいんじゃない。
「雨池さん、話を」
悲しみや寂しさの理由を。例えそれが、言い訳にしか過ぎなくても。
「…いいよ、それでも」
雨池は目を伏せて前髪を少しだけ掻き上げ、笑う。
その表情からは何も読み取れない。
そんな顔をさせたいんじゃない。
愛しているのに。
「丁度いい。明日は、休みだし」
お前んち行こう、と雨池が俯いたまま言ってネクタイを締め直す。
その平坦な声に、黒岩はただ、はい、と答えるしかできなかった。
中天に、水に似た色。西にはまだ空に引っかかっている太陽。そして東の方には、少しだけ深い青。
吹く風は涼やかで、街路樹は青々とした葉を茂らせている。
そんなものを、二人は重い鉄のドアで切り離した。
雨池は壊れてしまったように長い口づけをねだる。黒岩は、それに応えながら
「雨池さん、話を」
繰り返した。
ネクタイをぐいと緩めて、雨池は広い背中にすがりついて唇をふさぐ。潤んだ目に黒岩を映しながら
「話なら、あとで聞く」
そう、短く囁いた。