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じれったいのよ。

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「───遊んでいた時期があるんです。大学から、…二年前くらいまで」
 シーツも掛け布団もぐしゃぐしゃになったベッドの上、黒岩は静かな声でそう切り出した。
「金、容姿、セックス、───俺に求められているのはそんなものだけだった。俺は、求められていないものを、…与えたいのに」
 静かな、けれど力のない声を雨池は黒岩の鼓動と一緒に聞いていた。
 開けっ放しのカーテン。レースの向こうに黄色っぽい空が見える。
「好きなはずなのに、愛しているはずなのに、いつも何処か虚しい。
身体や、金だけじゃなくて、俺は心を、その人にあげたい。
けれど誰も、俺にそんなもの、求めなかった」
 寄り添っていると、この世に二人だけのような気がしてくるから不思議だ。
 雨池は黒岩の手を探し出して、指を絡める。
 時々揺れる低い声に、その心音が重なる。
 誰かと、こんなに近くにいた事があっただろうか。
「俺はそれでも与えたくて、ただ愛した。でも、みんな、そんな俺をうっとうしがって、最後には何も残らなかった」
 ただ虚しいだけの夜を何度も過ごした。
 そうしてそのたびに、愛される事を忘れていった。
「俺は、だから、与え返されるのを、あきらめた」
 雨池はそっと、空いている方の手を伸ばして黒岩に触れる。やっぱり、少しだけ冷たい。
 俺を見ろよ、と雨池は小さく小さく呟いた。黒岩にだけ聞こえるように。
 けれどその黒い瞳は遠くを見るように、虚空を見つめている。
「それでいいと思った。思ってた。けれど、───失敗した。
あなたを、…引きずり込むつもりは、なかったのに」
 ああ、と雨池は溜息に紛れさせるように小さな声を出した。
 自分を見ようとしない男の頬を両手で挟んで、無理矢理に視線を上げさせる。悲しそうな、寂しいような表情を浮かべる目をふさぐために、瞼にそっと口づける。
 いっそ女々しいほどに、強く、深く、重い愛情。
 わざとに嗜虐的な顔で、凍り付くような言葉を選んで。
 嫌われても、憎まれたとしても。
 傷付けるように愛する。愛した誰かの中にいつまでも残るように。
 だからそんなに悲しい顔をするのか。
 誰にも、見返りを望まないから。
 黒岩は唇を固く結んで、雨池の手をふりほどいた。パジャマ代わりのスエットパンツをはいてベッドから降りる。
「黒岩」
 掠れ声が出て、雨池は何度か咳払いをする。
 振り向いた黒岩は冷たい表情を作ろうとして失敗した。何か言いかけて、言い淀む。
 それから、やっと、 
「あなたには、もう、二度と触れない。こんな事、いつまでも続ける事じゃないと、わかっているでしょう」
 吐き捨てるように、黒岩はベッドの上の雨池に言った。
 雨池の身体にはまだ、黒岩に与えられた穏やかな熱が残っている。それでも、その言葉に、重くなった体をずるずると起き上がらせた。
「…なんだって?」
 訊き返す。白いレースのカーテンを通して揺れる微かな西日がいやに眩しい。
「あなたを、解放すると、言ってるんだ」
 雨池は黒岩を見上げて、わからない、とゆるく首を振って否定する。
「どうして…。…ねえ、思うでしょう。嫌だって。もう、俺から離れたいって」
「どうしてそれを、お前が決めるんだよ」
 散々甘い声を上げた喉は、思ったよりもしっかりとした声を出した。
 黒岩がまるで泣き出しそうな目をするから、雨池は座れ、とベッドの端を叩いた。
「───強がるなよ。知ってるんだからな、俺」
 ベッドの端に素直に腰掛けた黒岩が、そっと手を伸ばして雨池の髪を優しい仕草で撫でる。
「お前、本当は寂しがり屋だろ。わかってんだよ」
 茶化すような声を作ろうとして、失敗する。あんなに優しく人に触れるような奴が、サドで冷酷だなんて、あるはずがない
「もうずっと俺の事、好きなくせに」
 雨池の髪を撫でていた手が動きを止めて、黒岩は苦しそうに息をした。
 淡い焦げ茶の目は、変わらず真っ直ぐに黒岩を映す。
「どうして。俺は、あなたの為を思って、…解放するって、言っているのに」
「だから、どうしてそれをお前が決めるんだ。
俺はそんなの望んでない。
俺は、お前に好きでいて欲しい。ふれて、ほしい」
 それでも、黒岩は駄目だとでも言うように目を反らした。
「勘違いしてるだけだ。快楽と、…愛情を」
「寂しがりのくせに、頑固だな、お前。だから、うまくいかないんだ」
 わざと呆れた口調で雨池はそう言って、項垂れた黒岩の頭を肩に引き寄せる。
「お前が俺を好きなのは良くわかった。
なあ、でも、俺がお前を好きになっちゃいけないのか?」
 普通こう言うのは立場が逆なんじゃないか、と思ったが、黒岩は相変わらず無表情に近い顔に、悲しみだけ浮かべて黙っている。
「寂しがりで、頑固で、こわがりだ。
一途で、本当は優しいのに、誰かに、本当に好きになられるのが、怖い?」
 誰が、ここまでこいつを傷付けたのだろう。かすかな怒りと同時に、嫉妬をおぼえる。
 黒岩の手が、すがるように雨池の腰を抱いた。
「俺だって、怖い。
あんなに俺を欲しがったお前が、───急に、そんなふうに言い出したりする。
俺の事が、嫌いになったみたいに」
 違う、と黒岩がかすれた声で否定したのを、雨池はその髪を撫でる事で答えた。
「お前が俺を好きなように、俺はお前が好きだよ」
 まるでそれが神聖な言葉であるかのように、雨池はそっと囁いた。腰を抱く手に力が籠もる。
「俺は、お前がどんなだって好きだよ」
 その声が、真っ直ぐに身体の内側に入り込む。
 ややあって、黒岩は長い深呼吸をした。それから、 
「好き。好きだ」
 上擦りそうになる声を必死で押さえて、何度も繰り返した。
 みっともない姿をさらして、それでも雨池は互いに寄り添う姿勢を崩そうとしない。
「───誰も、俺にそんなふうに、言ってくれなかった」
 揺れる声で囁きながら、きっと今までこの人を待っていたのだと、黒岩は思う。
「でかい図体して泣くなよ。なさけない奴」
 少しだけ笑う声が言った。
「あなたを好きになってよかった」
「そうだよ。お前なんか、俺を好きにならなかったら、ただのろくでなしなんだからな」
 即答した内容に、黒岩は少し笑って、顔を上げた。すぐ目の前、雨池の頬に唇をそっと押し当てる。
「何度だって言えよ。
言ってやる。何度だって」
 今更照れているのか、ぶっきらぼうにそう言う雨池に、黒岩は時折揺れる低い声で、もう何度目かわからない告白を繰り返す。
「好きだよ」
「ああ」
 雨池は満たされた吐息と一緒に答えた。肩にある黒岩の髪を指で梳く。
「あいしてる」
 キスを受けて、大きなガキだ、と小さく笑う。
 触れ合う体温が心地良い。窓から見上げた暮れてゆく夏空に、雨池はひどく優しい気持ちで目を閉じた。
 乱れたベッドへ、ゆっくりと、どちらからともなく倒れ込む。
 まるで初々しい恋人どうしのように繋いだ手を、薄青い夕闇に染まり始めた天井に掲げて、二人は揃って小さく笑った。
 夏が、訪れようとしていた。













作品名:じれったいのよ。 作家名:鈴木さら