蜃気楼に恋をした。
金木犀の香りが好きだ。
あのやわらかな甘い香りは、いつだって私の心を優しさで満たしてくれる。
あの香りを纏うことはできないかと、子供の頃は小さな袋にしきりに花をつめていたものだ。
ふと彼のことを想う時、私の心は金木犀のような甘さで満たされている。彼からは、甘い香りなど一切しないのに。
甘い声を出し、甘い容姿をして、甘い想いを抱かせる彼は、いつだってほろ苦い香りを纏っている。その感傷によく似たほろ苦さで私を狂わせるのだ。
ふわりと香るそれは、本来ならば私の苦手な、むしろ嫌いな類の香りだった。
それに対してあまり良い思い出のない私にとって、出会った頃から彼が纏っていたその香りははっきり言って不愉快なものだった。けれど、慣れとは恐ろしいもので、いや、恋は恐ろしいと言うべきか、とにかく、今となってはあの香りを感じると自然と彼が連想されるほどなのだ。
ようするに、嫌いじゃない。どころか、それなりに好き、なのである。
彼の好むあのメンソールが香るたび、不覚にも私の心臓は跳ねるのだ。
<センチメンタルメンソール>
(にがいにがいにがいあまい、)