蜃気楼に恋をした。
私が彼を好きになったのは、彼のそれに指先を掠めたときだった。と思う。
というのも、明確な時期など私にはわからないからだ。
ちなみに、それ、というのもわからない。わからないが、確かにあのとき私は彼のそれに触れたのだ。
彼のそれに触れたとき、私の空洞じみた胸部がひどく痛んだことだけは、はっきりと覚えているのだけれど。
いつの間にか好きになっていた。相手がいる彼を。
いつの間にか好きになってしまっていた。相手がいるのに、彼を。
彼の隣は、永遠に私のものにはならないのに、好きになってしまっていた。
私は馬鹿だ。どうせなら気付かないままでいれば良かったのに。
そうすれば、行き過ぎた友情ですませられた想いだったのに。
でも、もう気付いてしまったのだ。今更悔いたところでどうにもならない。
馬鹿な私は、指先が彼のそれを掠めたときの感触と色合いを、そして痛みを思い出して、彼を想って日々を過ごしていくしかないのだ。
ああ、なんて絶望。そして幸福。
彼の手が私の手をとることなどないと知っているのに、私の脳内は彼の笑顔を反芻してしまうのだ。
けれど、それでいいのかもしれない。
私が彼を好きなだけなのだから。
<一方通行続行>
(こればかりはどうしようもない。どうにもしたくない)