psychedelic
〆
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめん、なさい…ごめん、ごめんね律…僕、こんなのでごめんね…」
サイは俺の腕の中で震えていた。
繰り返される謝罪は何に対してなのか。
俺に対する罪悪感か。
それとも自分自身の存在に対する罪悪感。
サイは自分のことを「生きていちゃいけない出来損ないだ」と言う。
ひどく取り乱して腕を切った日にはサイはいつもごめんなさいと繰り返す。
無機質に繰り返されるその言葉は意味を持たず空に放たれては霧散する。
まるで祈りのようだと思う。
付き合い始めた頃、サイは自傷癖を隠していた。
大学のキャンパスでいつも長袖を着てあまり健康そうには見えない白い肌を隠していた。
「太陽が苦手なんだ」と言うサイを俺は最初信じていたけれど、何かの拍子に手首を掴んだ時に指に触る不快な痕に気が付いてしまった。
サイは慌てて手を引っ込めて二、三歩後退った。
その時のサイはひどく傷付いた顔をしていたから俺は気が付かなかった振りをしてそっぽを向いた。
サイが手首を切っている現場を目撃したのは初めて喧嘩をした時だった。
その日はサイの機嫌がとても悪くて狭いアパートの一室に二人で居るのがすごく息苦しかった。
「サイ怒ってんの?」
尋ねても別に、とひどく表情の無い顔で答える。
「体調悪い?どこか痛むの?」
横に首を振るサイはまったく目を合わそうともしない。
気が付くと深々と溜息を零していた。
サイの肩がぴくりと跳ねて、あ、しまったと思ったけどもうどうしようもなくて俺は逃げるように立ち上がる。
「ちょっと出掛けてくる。」
テーブルに手をついて体を起こすとサイは反射的に顔を上げて大きな目を見開いた。
その異常な程鋭い反応を怪訝に思ったものの、サイは「わかった」と頷いたのでぶらりとコンビニまで歩いた。
肉まんとサイの好きなチョコレートを買ってわざわざ遠回りしてから帰ると、玄関のドアを開けた廊下の先でサイが蹲っていた。
慌てて駆け寄ると途端に異様な雰囲気に包まれる。
「サイ!大丈夫か?」
肩を抱いて顔を覗き込む。
涙でベタベタに濡れた頬に掠れた赤い跡が残っていた。
嫌な予感がして視線を落とすとサイの右手にはカッターが握られており、シャツを捲り上げた左腕には無数の傷跡が蠢いていた。
「…、サイ…」
放心していたサイは俺の声に反応して顔を上げる。
「…ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい、律…ごめんなさい、嫌いにならないで…どこにも行かないで…」
俺の胸に縋り付いて泣きじゃくるサイの腕からはすっと流れるように血液が垂れ落ちる。
未だ固まらない傷口は泣くように血を零した。
抱き締めた俺の服にもべったりと血が付着する。
それでも。
それでも、細い体を強く抱き締めて頭を撫でてやらなければならないと思った。
「大丈夫、大丈夫だ。どこにも行かない、俺はサイと一緒に居るよ。」
嗚咽混じりに何度も頷き、サイは謝り続ける。
『ごめんなさい、ごめんなさい』
祈りのように謝り続ける。
サイはいつも一体何を祈っているのだろう。
その祈りを聞き届けてやれない俺は血塗れのサイを抱き締めることしかできないのだ。
作品名:psychedelic 作家名:相原ちひろ