スタートライン (2)
リビングのソファーで一人、酔い覚ましのウーロン茶を飲みながら夢想する。自分がバイクに跨っている姿を。風を切って眼前に広がる大地を走る姿を。でも、所詮は想像の世界。イメージがうまく形にならないもどかしさ。あくまで父のストーリーの読者でしかないのだ。クッションを抱く。頭を潜らせる。深夜零時の時報が置時計から響いた。外へ出た。
昼間に比べぐっと冷え込んだ庭で、じっとクラブマンに目を見やる。あのときの彼のバイクと同じように月明かりに照らされて輝いている。そっと近づき、パジャマとサンダル姿のままクラブマンに跨ってみた。夜露がお尻にしっとりと湿る。ステップに足を置き、軽く前傾姿勢になりハンドルを握った。グリップのゴムが劣化しているのか手のひらにジトリと吸い付く。
『どうだ?』
「どうだ……って?」
『何か感じるか』
「お尻が冷たいわ」
『そうじゃない』
「なんていうか……今にも走り出せそう」
『美紀、そいつはセンスがある証拠だよ』
「そうなの?」
『ああ』
「そうなんだ……」
『バイクはセンスが大事だからな。それは生死にもかかわる問題なんだよ』
『そうなんだ。それはよくわからないな』
『今にわかるようになるさ』
「そう。あのさ…」
『なんだ?』
「わたし、おまえと走ってみたいな……」
『美紀!』
作品名:スタートライン (2) 作家名:山下泰文