スタートライン (2)
ハッと我に返った。
『お風呂空いたからさっさと入るのよー!』
外にまで響き渡る母の声。バイクから慌てて降りる。自分は何をしていたのだろう。誰と話をしていたのだろう……。
「ックション!」
くしゃみと同時に鼻水も勢いよく出てしまった。体は大分冷えていた。
「今行くー!」
「じゃあね」そうクラブマンになんとなく語りかけると、バイクシートをかける。クラブマンは、無言だった。
温かいお風呂に入ってもシートの冷たさと跨った時のフォルムが臀部に残っていた。
「センスがある……か」
鼻の下まで湯に浸かり妄想する。自分自信の疑心暗鬼でしかないあのクラブマンとの対話が、いつしかこの先の未来への第一歩をふみだしたかのような、胸につかえていた何かを拭い取るかのような、そんなものに変わりつつあった。欲し始めていた。新しい刺激を。自分が打ち込める何かを。
今夜のお風呂はのぼせるほどの長風呂になった。
***続く
作品名:スタートライン (2) 作家名:山下泰文