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 シートがかけられているとはいえ、入念に手入れをしてから保管したのか、ざっと見たところバイクにそれほど痛んでいる様子はなかった。メッキ部分に至っては時を感じさせないほどに光を放っていた。いつでも走り出せそうな姿だ。
 タンクを撫でてみる。奇麗なアールを描いた造形がなんとも艶かしく思えた。動物的な滑らかさとでも表現したら良いだろうか。車にはない雄雄しさと美しさがこのバイクにはあった。
「おまえはまた乗ってもらうのを待ってるのかい?」
 答えるはずもないクラブマンのミラーを覗き込み、語りかけた。

『ああ、娘さんよ。俺はまだまだ走れるぞ。もっともっと見たい景色が沢山ある』
「でも、父さんはもう走り回れるほどの体力はないよ?」
『では、娘さん。お前が俺を連れ出してくれ』
「娘さんってのやめてくれる? 美紀。父さんの娘よ。それに免許、持ってないから連れ出せないわ」
『免許なんて一ヶ月もあれば誰にでも取れるだろう』
「そうだけど……」
『裕樹が見た景色を美紀は見たいとは思わないか?』
「裕樹、父さんね。うーん、そりゃ見たいけど」
『迷うことはないさ。美紀も今、きっと何かを掴みたいはずだ。俺にはそう見える』
「……」

 何かを掴みたい? 何かってなんだろう……