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「父さんのバイクよ。昔、バイクで走り周ってたらしいのよ。前の仕事辞めた後に自分探しの旅にも出た事あるんだって」
「へぇ、それって本当なの? 想像できないなぁ」
「だよねぇ。ま、写真があるからウソじゃないとは思うけど」
 母は春雨ラーメンにお湯を注ぎながらそう言った。視線はテレビを向いたままだ。危なっかしい。
 旅の話は父から直接聞いているので、勿論、初耳ではない。母から何か聞けるかと思って初めて耳にしたかのようなそぶりをしてみたが、母もあまり詳しくは知っていないような口調だ。
 レンジがチンと音を立てて鳴る。良い香りが漂ってきた。インスタントというやつは香りだけは一丁前だ。見事に食欲をそそった。ミトンを手にし、レンジからピラフを取り出した。熱くなったサランラップを剥がすと勢いよく蒸気が立ち上る。
「写真、あるの?」
 私はコンビニで貰ったプラスティックのスプーンでピラフをほおばりながら母に言った。
「あるわよ」
「へぇ、見たいなぁ」
「なんなら後で探しておいてあげるわよ」
「本当?」
「いいわよ、別に減るもんじゃないし。父さんが何て言うかわからないけど」
 母はテレビのワイドショーを見ながら「ニャハハ」と猫みたいな声で笑っている。やはりバイクと父さんの話題には興味はないみたいだ。二人の思い出話などを少し期待していたのだが、この様子ではそんな物語はなさそうだ。
「あ、母さん? そろそろ行かないと」
「ん、そうね。片付け頼むわね。あと、今日の晩御飯は美紀が当番よ」
「はーい。わかってまーす」
 母は作業着を羽織ると軽快に仕事へ出かけていった。五十歳とは思えないフットワークだ。夕食を含め、私がいくつかの仕事を分担するようになってからは、さらに若返ったような気もする。
「父さんが自分探しの旅、ね……」