スタートライン (2)
「んー……これか?」
スイッチらしき物が指先に触れた。パチリと音を立てコンテナ内に照明が灯る。子供の頃は疑問に思わなかったが、考えてみればコンテナに電気など通っていないはずだ。父が手作りですべて配線を引いて蛍光灯も設置したのだろうか。よく見ると三つある蛍光灯の一つ点いていない。後で父に伝えておこう。それにしても……
「ああ……」
コンテナ内の様子を一望して思わずため息が漏れた。所狭しと物が詰め込まれた室内。これは一日がかりになりそうだ。
*
昼食を食べに母がパートから帰ってきた。もうそんな時間になったのか。
「あんた、こんなにひっくりか返して終わるの?」
庭に青空市よろしく広げられた大量の荷物を見て母が言う。
「んー、なんとかなるデショ。それよりもお腹すいたぁ」
そうそう、時間はたっぷりある。サンダルを雑に脱ぎ捨てて縁側からリビングへ入る。幸い、明日も明後日も天気予報では晴れだ。終わらなければビニールシートでも懸けておけばいいだろう。それに、コンテナの荷物は大半が父の物だ。処分に関しては父が帰ってから相談しなければならない、よくわからない物も大量にあった。
冷凍食品のエビピラフを器に開け、レンジに入れる。今日の昼食は冷凍ピラフに冷凍の唐揚げ。平日の昼食などこんなものだ。テレビのモニタではサングラスをしたお馴染みのタレントがゲストを招いて巧みな話術でお喋りをしていた。彼はこの仕事を三十年近くもやっているのか。尊敬してしまうな。
「番組変えてもいい?」
母は別のバラエティ番組が見たいようだった。チャンネルを変える。
「ところでアレなんだけど」
リビングのガラス窓から見える鉄の塊を指差す。そう、例の父のバイクだ。あまりの重さに出すのに苦労したが、無事に倉庫の外に出すことができた。
「あれ? ああ、あれね」と、母は懐かしむというか、飽きれたというか、どちらとも受け取れる表情でため息に似た相槌をうった。
作品名:スタートライン (2) 作家名:山下泰文