妊婦アリス・スターズの話
2010年10月5日
彼女――アリス・スターズは、今までに感じたことのないほどの腹痛で目を覚ました。時間を見る前に、基礎体温を測るため頭の上にある婦人体温計を探り当て、スイッチを入れて舌下にくわえる。もはや半分寝ている状態でも実行できる習慣だ。
電子音が測定終了を告げる。体温計の液晶を照らすため、兼時間を確認するため目覚まし時計のライトをつけた。淡い青が寝ぼけ眼に突き刺さる。時間はまだ朝4時半だ。少し起きるには早い時間と言える。体温計の表示は、36.70度。
(――ぎりぎり?あー、もしかしたら今日来るんかもなー。)
体温計が置いてあったところに一緒にしている基礎体温表――婦人科でもらった、複写式のもの――の、10月5日の36.70度のところに、青いボールペンで点をつけた。ちょうど、高温期と低温期の境目のラインで、赤い線が引いてある上に点が乗っている。
(今まで生理前症状って全然なかったけど――起きるほどの腹の痛さじゃまずないじゃろうな……。)
そして、再び夢の中に落ちていった。
目覚まし時計が電子音を奏でる。ぱちんといい音をたてて、アリスが時計の頭を叩いた。時計はしばし沈黙する。時間は6時半。体温計を手に取ろうとして、今日はもう測ったことを思い出す。
布団の中で向きを変え、右側の布団の塊に朝の挨拶を投げかけた。
「起きいや、朝でー。」
声に反応して布団がもぞもぞと動き始め、こちらに半分寝ている声と瞳が向けられた。彼女の夫、クロエだ。
「んぁ、おはようさん。」
「おはようさん。」
しばし布団の中で眠気を覚ますのも、もはや習慣になっている。というのも、アリスは最高血圧がいつ測っても100に届かないほどの低血圧なのだ。手足の指をぐにぐにと動かして、血を通わせておかないと、後になって手足がうまく動かなくて困ったりする。そうこうしているうちに時間は6時40分になっていて、アリスは布団から抜け出した。クロエは――起きてさえいれば――50分には下りてくるから、心配ない。
2階の寝室から1階へ降りる。真っ先にトイレに入った。
ふき取った後のトイレットペーパーを見るのは、もはや恒例行事だ。
(――まだ来とらんね。)
白いままのトイレットペーパーを水に流し、洗面所で手を洗いながら、考える。
(前にHCGを打ったのが25日……もしこのまま来んでも、あと4日くらいは待ったほうがええじゃろうな。――赤いの見るまでは、諦めちゃいけんね。)
そして気合を入れて、2人分の弁当を作り始めた。
作品名:妊婦アリス・スターズの話 作家名:アリス・スターズ