我侭姫と下僕の騎士
止まない怒声の応酬にクレアが心細くなった頃、一際大きな音が支度部屋に響いた。
何か大きな物を壁に投げつけたような音。続いて床に物が落ちる音がした。
怒声はもう聞こえない。
微かにフィリーの高い声が聞こえるが、何を言っているかは聞き取れなかった。
(誰か、来る……?)
支度部屋へと続く扉が開く音がして、クレアは衝立の陰で身を震わせた。
クロードであれば扉を開けたとしても、その場から騒がせた事への謝罪を口にするだろう。間違っても支度部屋へは足を踏み入れない。
フィリーであれば、すぐに飛んできて騒動の顛末を報告をしてくれるはずだ。少なくとも、主人であるクレアが不安で震えているのに、悠長に歩いたりはしない。
では、他の誰かでは? と、立ち止まる様子も、走り寄る様子もない足音に、クレアは恐怖する。
ゆったりとした歩調でクレアの隠れている衝立まで進んだ足音の主は、皺の刻まれた指で衝立を掴むと、一息にそれを引き倒す。
衝立の向こうから現れた顔に、クレアは心の底から安堵した。
「……お、お父様?」
衝立の向こうから現れた顔は、知った顔どころか、自分の父親だ。
「いったい、どうしたのです?」
湯浴みの準備をしていたため下着姿ではあったが、着替えはおろか湯殿の中まで侍女の世話を受けるクレアに羞恥はない。
ただ、いったい何の用事でカルバンが湯殿に来たのかがわからず、困惑した。
離宮の湯殿はクレアとその母のためだけに作られたものであり、カルバンには城内に専用の湯殿がある。わざわざ離宮に出向いて湯殿を利用する必要はない。
「お父様? 何か、御用ですか?」
「ああ、おまえに用事だ。嫁に出す可愛い我が娘に、確認しておかねばならない事があってな」
そう言って穏やかに微笑んだカルバンに、しかしクレアは後退る。いつもと変わらぬ父の微笑みなのだが、何か異質なものを感じた。
「では、すぐに服を着ますから、少しお待ち下さい」
「いいや。そのままの方が、都合が良い」
「え?」
着替えるために、フィリーを呼び戻しに行こうとするクレアを、カルバンは腕を掴んで引き止める。
「とりあえず、椅子に座りなさい」
「……はい」
理由はわからないが、クレアは渋々とカルバンに従う。常ならば得意の我侭で父の要求も拒否できるが、なんだか今のカルバンには奇妙な迫力があり、クレアには逆らうことができなかった。
なんとなく逃げ出したい気分になりながらも、クレアは鏡台の前に用意されていたビロードの椅子に腰を下ろす。鏡の中の自分がひどく怯えた表情をしている事に気がつき、落ち着かない。
(わたしは何を、怖がっているの? 相手はお父様なのに……?)
自分には甘く、優しい父だ。
恐れる理由など、どこにもありはしない。
「お、お父様!?」
不意に下着へと手をかけられ、クレアは色をなす。
下着姿ぐらい誰に見られても平気だが、さすがにその下、素肌となれば話は別だ。世話係の侍女と乳母はともかく、長く側にいるイグニスにも見られた事はない。
さすがにこれ以上の暴挙は許すまいとクレアがカルバンの手を掴むと、老齢とは思えぬ力で振り払われてしまった。
「なんじゃ? この父に確認されては、なんぞ困る事でもあるのか?」
「何の事ですか?」
そもそも、たとえクレアが『父親のしたことだ』と気にしなくとも、女性の支度部屋に、それも湯浴みの準備をしている部屋に入ってくる事自体が失礼にあたる。
「公爵様に失礼があってはならんからな。おまえが処女かどうか、父が確かめてやろう」
「は?」
言われた意味がわからず、きょとんっと瞬いたクレアに、カルバンはその隙を見逃さなかった。下半身を覆う下着に手をかけたかと思うと、クレアが気づく前にそれを剥ぎ取る。
「お父様!」
素肌を晒された羞恥から、クレアの頬に赤みが差す。完全には外されていなかったコルセットに守られ、どうにか上半身を隠す下着は残されていた。
抗議の声をあげながらクレアはキッとカルバンを睨みつけたが、逆にカルバンに睨み返される。
怖かった。
何が父をそう変えたのかはわからなかったが、目の前の男がいつもの優しい父ではないと、それだけは肌で感じた。
カルバンの異様な迫力に飲み込まれ、クレアは口を閉ざす。大人しくなったクレアに、カルバンは両膝を掴んで持ち上げ、左右に大きく開いた。
「何をしますの? ……なんだか、恥かしいです」
大きく開かれた足の付け根。
カルバンの視線の先には、幼い頃に乳母から『誰にも見せてはいけない』と躾けられた場所がある。
誰にも見せてはいけない場所だ。
たとえ父親であっても見せてはいけないと思うのだが、父は現在そこを凝視している。ということは、父親は別なのだろうか。そうは思うのだが、やはり恥かしいものは恥かしい。早々に足を閉じたい。
「何が恥かしいのだ? 父に恥じる事をしていないのなら、何も恥かしがることはないだろう」
父に恥じる事という物がいったい何を差しているのかはわからなかったが、どうやら自分はそれを疑われているらしい。
疑われるような事をした覚えはないが、疑いは晴らさなければならない。少し恥かしいが、自分にかけられた嫌疑を晴らすためには、大人しくしている他にないようだと、クレアは諦めた。
「ふむっ、しっかり閉じておるな……」
羞恥から微かに震えるクレアの太ももを抱え込み、カルバンは末姫の秘された場所を凝視した。かなり大胆に足を開かせているが、ソコがだらしなく口を開けることはない。ぴったりと口を閉ざした処女の蕾に触れ、何度か撫でてみる。
「お父様? そこは、湯浴みで洗う以外では触ってはいけないと、カーラが……」
どうしたものかと困惑しながら、クレアは乳母の名前を出す。クレアの知る人間で、父に次ぐ年長者が乳母のカーラだ。カーラがダメと言う事は、理由はすぐに理解できなくともいけない事だと教えられていた。
そのカーラが禁じたことを、父が今破っている。
言を受け入れるべき二人の年長者の矛盾した行動に、クレアは羞恥と苦悩で恐怖も忘れた。
「そうか、そうか。乳母殿はおまえにそう教えておったか」
感心、感心と乳母を誉め、カルバンは顔を上げる。
娘の純潔は確認できた。噂どおり、姫付きの騎士が手をつけた様子もない。
当初の目的を果たし、クレアを開放しようと思ったのだが――羞恥に震える娘の顔に、気が変わった。
湯浴みの準備で髪を上げたままのクレアは、母親によく似ている。その母親が自分の妻となったもの、今のクレアと大差ない年齢だった。
クレアと母親の違いは、クレアは貴族の姫として余計な知識を与えられずに育ち、母親は市井の娘であったため、男女が寝台の上で何をするかを知っていた。当然、クレアのように大人しく秘めたる蕾をカルバンに触れさせはしなかった。
息子の婚約者であった娘は、騙し討ちでカルバンの寝台へと送られてきた。寝台に組み伏せられ、嫌だ、止めてくれと懇願して暴れた。じたばたと足掻く太ももと泣き喚く愛らしい顔がカルバンの興奮を煽り、最終的には暴力で息子から取り上げた妻。
そうして得た妻と生き写しの娘が、今、眼前で乙女がもっとも秘めたる場所を晒している。