我侭姫と下僕の騎士
艶かしく時折覗くイグニスの赤い舌と、淫らに響く水音に、開放されたままの胸の蕾が寂しく疼く。
(たしか、自分でする方法も……?)
試しにイグニスがしたように蕾をつまんでみたが、彼が触れた時のような甘い痺れは走らなかった。
触り方が悪いのだろうか、とクレアは少しだけ大胆に揉みしだいてみたが、やはり何も感じない。
「……すみません。寂しかったですか? ご自分でされる姿も、いやらしくて魅力的ですよ」
頭上でなにやら違う動きをはじめたクレアに気がつき、イグニスは顔を上げる。自分で自分に愛撫を加えるなどという痴態を見られ、クレアは羞恥を誤魔化すように声を荒げた。
「こ、これは……イグニスが悪いのっ!」
ばつが悪いながらも胸から手を離し、クレアはイグニスを睨みつける。
「イグニスがそこばっかり触るから……だから……」
「これは、失礼しました」
恥じらいながらも自分を責めるクレアに微笑み、イグニスは姫君の要求に応えるべく白い双丘へと手を伸ばす。花弁を舌で、朱鷺色の蕾は人差し指と中指に挟み、それぞれに違う動きを持って愛撫を再開した。
「あ、や、変! やんっ!」
花弁に口付け、溺れるように舐めまわし、蜜のついた指に蕾を練り上げるように捏ね繰り回されてクレアは身をよじる。敏感な場所から同時に広がる甘い痺れに、じっとしてはいられなかった。
先よりも強く感じるむず痒さにクレアは腰を浮かせる。花びらの奥からそっと姿を見せた肉芽に、イグニスは待っていましたとばかりに吸い付いた。
「ああっ!」
一段と大きな嬌声をあげた後、弓のように背筋を仰け反らせたクレアの身体から力が抜ける。弛緩していく身体で、一部分だけが波打っていた。
とろりと溶けたクレアの顔を覗き込み、その頬へと唇を落とす。
「姫さ、……クレア、そろそろ……よろしいですか?」
「ん。……わたしを……」
お嫁さんにして、と囁こうとして思いだす。たしか教科書によれば、結合の前に何か言わなければいけなかったはずだ。
慣れないながらも自分を名前で呼ぼうと努力する男に応えたくて、クレアは記憶を探る。
「姫様?」
「えっと、……あの、ね?」
もごもごと小さな声で呟くクレアに、イグニスはつい『姫様』と呼びかける。すぐに訂正を入れろと姫君が拗ねないのは、何か別のことに気を取られているからだ。
「その……」
何度か口ごもった後、どうにか決心がついたのか、クレアは自分の太ももを抱き寄せると、花弁に手を添える。そのまま指で花弁を大きく開き、教科書どおりの台詞を口にした。
「……わ、ワタシのいやらしいおま○こに、あなたのぶっといチ○コを――」
「どこで覚えてきたんですか、そんな言葉」
箱入り娘どころか入り子人形並に幾重にも守られ、大切に育てられた姫君の意外な語呂に衝撃を受け、イグニスはまじまじとクレアの顔を見つめた。
見つめられたクレアはというと、恥かしさを我慢して言った台詞によって態度が硬化したイグニスに、何か間違ったのだろうか? と不安で逃げ出したくてたまらない。
「えっと、違った? クロードの持っていた本じゃあ、こう言っていたのだけど……?」
いったい弟はどんな本を持っていたのか。否、自分にも心当たりはあるが。
クレアの間違った知識の入手先が自分の弟にあると知り、イグニスはこめかみを押さえる。早急に、クレアの勘違いは正さねばならない。
「あの手の本は使用を目的に書かれているので、男を煽るような言葉が書かれているだけです。実際にそんな事を言う女性は……」
と続けて考えた。イグニスがこれまで相手にしてきた女は、みな金で体を開く娼婦である。
仕事として男に抱かれる彼女達は、当然客が喜ぶよう趣向を凝らして迎える。
つまり、イグニスが世話になってきた娼婦もまた、男を煽るための台詞を普通に使っていた。
「……娼婦には居ますが、普通の娘は言いません。姫様は娼婦ではないのですから、やめてください。むしろ、実際に可愛い恋人に言われると……、なんと言いますか……」
萎える。
男のイグニスには一番しっくりくる表現だったが、女であるクレアには通じない。
どう説明すればいいだろうかと悩んでいると、困惑するイグニスの顔を覗き込んだクレアが、自分が間違ったのだと一人で悟った。
「えっと、ごめんなさい」
「……はい」
開いた花弁から手を離し、足を閉じる。しゅんっと俯くと、気を取り直したイグニスが頬に唇を落としてくれた。
「それでは、続きを――」
閉じられた足を開こうと、膝に手をかけられたクレアは思いだす。教科書から得た台詞は間違いだと教えられたが、イグニスの嗜好として人から教えられた物なら間違いはないだろう。
「あ、待って」
「今度はなんですか?」
清らかな姫君から衝撃の言葉をもらった騎士は、ほんの少しだけ嫌な予感がした。が、可愛いクレアが一生懸命考えてのこと、と話も聞かずに却下することもできない。
「えっと、……どうぞ」
くるりと背を向け、毛布の上に両膝と両腕をついたクレアは、臀部を高々とイグニスに突き出す。はっきり言わなくとも、菊座と花弁がまる見えだ。さっきまでとはまた違った意味で扇情的な眺めに、イグニスは絶句した。
「……姫?」
今度はいったい何処で、何からそんな姿勢を覚えてきたのか。
その疑問は、すぐに解消された。
「だって、セシリアが……イグニスは後ろから入れるのが好きだって……!」
後ろからって、この姿勢でしょ? とクレアは首を傾げる。クロードの持っていた本は信用してはいけないらしいが、乳母の持ってきた恋愛小説ならば間違いはないだろう。乳母の持ってきた本の中に、後ろから結合するシーンがあり、獣のように四つん這いになっていたはずだ。
「何をどこまでセシリアに聞いたんですか?」
イグニスは尻を突き上げたままのクレアを抱き寄せ、膝の上に座らせる。コトを成す前に、色々確認をしておいた方が良さそうだった。
すっぽりとイグニスの腕の中に納まったクレアは、また何か間違ったらしいと気づいて肩を竦める。
「イグニスが買う子はみんな黒髪で、いつも後ろからしていた、ってこと?」
素直に答えたクレアに、イグニスは深くため息をはく。
油断していた。
逃避行の準備に、と僅かな時間とはいえセシリアにクレアを預けたのがまずかった。自分の性癖として色街に広まっている事を、そのままクレアの耳へと吹き込まれている。
「後ろからいれていたのは、そうすれば相手の顔が見えないからですよ」
「うん?」
イグニスの胸に抱かれたままクレアが顔を上げると、額に唇が落とされた。
顔が見えない方がいいのなら、やはり後ろを向くべきだろうかと考えると、イグニスはクレアの両足を抱き寄せて毛布の上へと横たえる。言っている事とやっている事が違うではないか、と毛布に髪を広げたクレアが不思議に思うと、もう一度イグニスの唇が落とされた。
「愛しています、姫」
花弁に異質な硬さを持つ熱を押し当てながら囁かれた言葉に、クレアははにかんで微笑む。
「クレア、よ」
何度目かの訂正をいれると、髪を撫でられた。
「私はクレアとはお互いの顔を見ながら、愛し合いたい」