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我侭姫と下僕の騎士

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 これでは姫君が図に乗るはずである。
(確かに、可愛いとは思うけど……)
 容姿の点では間違いなく。
 性格の面でも、我侭ではあるが純真で優しい所もある。
 クロードとて、主家の姫でなければ、兄を独占さえされなければ、恋に惑っていたと思う。
 兄のことさえなければ。
(馬鹿な事を……)
 クレアと兄の失踪を知った時、クロードは即座に死を覚悟した。娘を溺愛していたこともあるが、カルバンはやり手の政治家でもある。最高の政略道具である美貌の姫君を攫われては、兄はおろか、自分や家族にも累は及ぶと。
 だが、累が自分や家族に及ぶことはなかった。事前に父親が兄を勘当していたらしい。そんな話を、城下から三つ町を越えた所で初めて聞いた。
(兄上を追い出すなんて……)
 クロードとしては、家は兄に継いでもらいたい。正妻の長子だとか、婚外子だからと、全てにおいて自分より勝る兄に家督を譲られたくはなかった。何か一つでも、自分に兄より勝る部分があれば、また違ったかもしれないが。
 悔しいのだ、勝ち逃げをされてしまっては。
 クロードの兄に対する敬愛の根源は、劣等感。
 外国人の生母の血を貶されてもいじける事なく背筋を伸ばし、父の無言の期待にも見事に応え、理想の騎士として自分の中に君臨する兄。
 重すぎる母の愛に潰され、優秀な兄と差別することなく、同じように期待をしてくれる父に応えられない弟。
 自分が決して勝てない自慢の兄の未来を、姫君の我侭一つで潰されてしまうのは我慢できなかった。
「――クロード!」
 名を呼ばれ、クロードは手綱を引いて馬を止める。
 走り寄ってくる騎士の顔を見れば、自分と同じように疲れが滲み出ていた。
「東の街道で褐色の肌をした男と、黒髪の美女を捕らえたらしい。確認に行け」
「また人違いじゃないだろうな」
 本来、カルバンの領地では褐色の肌は珍しい。国境近くの村や町であれば珍しくもないが、少なくとも城下町にはほとんど居ない。そのせいで、幼い頃の兄が苦労したとも聞いている。
 それにも関わらず、兄を探すこの一週間でクロードはもう何組かの褐色の肌をした男と黒髪の娘に対面していた。
 城下町から国境へ向かって馬を進めているのだから、進む度に数が増えるのなら解るが、ろくに進まぬうちから数が多いというのは、どういうことか。
 元々『褐色の肌をした男と黒髪の娘』という組み合わせを探しているのだから当たり前といえば当たり前だったが、それにしても数が多すぎる。
「今度の二人組みは、先日お館様が作られた首飾りを持っていたそうだ」
 姫君の顔を知る者は少ないため、手配書は作れなかったが、装飾品であれば話は別だ。
 クレアの部屋からいくつかの装飾品が持ち出されている事に気がついた乳母は、すぐに細工師へ問い合わせ、デザイン画を複製させた。
 クレア本人を見分ける事は出来ないが、装飾品であれば、デザイン画さえあれば誰にでも見比べることが出来る。
 デザイン画と同じ装飾品を持った黒髪の娘がいたのなら、それが姫君である可能性は高い。
「わかった。すぐに向かう!」
 寝ずに地図と睨み合っていたため、周辺の地形はすでにクロードの頭の中にある。
 クロードは騎士の案内も待たずに、馬の鼻を東へと向けて走りはじめた。



 チラチラと感じる視線に、セシリアは悠然と微笑む。
 黒髪の美女に微笑まれた男――見るからに下級の兵士だ――は、だらりと相好を崩すと、すぐに気を引き締めるように背筋を伸ばした。
「まったく、なんなんだ!」
 狭い馬車の中へと閉じ込められ、憤然と顔を歪めた客に、セシリアはしなだれかかる。
 男の憤りも、理解できない物ではない。
 セシリアには心当たりがあるが、男にしてみれば楽しい美女との旅行を、突然無骨な兵士達に邪魔され、狭い馬車へと閉じ込められているのだ。
 まともな神経をした者ならば、それだけで参ってしまう。
「まあ、落ち着いて。せっかくだもの、この状況を楽しみましょう?」
 褐色の耳朶に噛み付き、セシリアは甘い声音で囁く。それだけで男の機嫌は見る間に治まった。
「まあ、そうだな。折角の旅行なんだし、たまにはこんな経験も……」
「そうそう。兵士に拘留されるなんてこと、普通に生活してたらまず経験できないもの」
 とはいえ、現在男が兵士に拘留されているのは、『まず経験できない』どころか、経験すべき事として仕組まれたことだ。
 胸にしなだれかかる黒髪の美女によって。
「それにしても、急におまえから旅行に行きたいだなんて、ねだられるとは思わなかったよ」
 紅を塗ったセシリアの唇に吸い付きながら、男は腰に腕を回す。その動きに身を任せたまま、セシリアは艶やかな笑みを浮かべた。
「今、色街の女の子達の間で流行てるのよ。馬車にのってのお忍び旅行」
 正確に言うのなら、黒髪の娼婦の間で、褐色の肌をした男を選んでの旅行が、ほんの十日程前から流行りはじめた。
 城下に住む褐色の肌をした人間は珍しいが、商人として入ってくる外国人は別だ。人の流れの多い色街に住む娼婦からしてみれば、わざわざ探さなくとも条件にあう男はいくらでも見つかる。
 城下町から一斉に旅立つ黒髪の娘と褐色の肌の男。
 それもお忍び旅行風に、馬車を使っての移動だ。
 同じ条件の二人連れを探す兵士達には、面白いように声をかけられた。
 数箇所で次々と見つかる二人連れに、さぞや兵士達も手を焼かされているだろう。
(少しは役に立てたかね……?)
 兵士達が探している二人を思い、セシリアは男の胸に甘えたまま思考する。
 これから先、どの道を選んで進めば、より多くの兵士とお知り合いになれるだろうか、と。



「……違う」
 半日かけて知らせのあった街道に辿り着き、休む間もなく拘留中の二人組みを確認したクロードは、落胆のため息をもらす。
 装飾品は本物であったが、黒髪の女は姫君ではない。これまでに捕らえた黒髪の娘の中では群を抜く美女であったが、美しさの種類がまるで違う。
「……この首飾りを、どこで手に入れた?」
 人違いではあったが、装飾品は本物だった。
 ようやく見つけた探し人の手がかりに、クロードは一言も聞き漏らすまいと喰らいつく。兄と姫君が装飾品を売りながら逃走しているのなら、足取りがつかめるはずだ。
「こっちの旦那様に買ってもらったのよ」
 しなだれかかった男を示し、女は笑う。
 嘘はついていない。
 ただ、ほんの少し言葉を省いているだけだ。
 逃走資金と引き換えに店で引き取った装飾品を、客である男に買い取らせることで現金に変えた。そして、その装飾品を自分に贈らせたことで、身代わりとしても説得力が増す。姫君と女には年齢というどうしても誤魔化せない溝があるが、本物の装飾品がそれを補った。皮肉なことに、カルバンが娘に贈った装飾品は、その逃走に二重にも三重にも手を貸している。
「……どこで買った?」
 女に促されるままに、クロードは男へと視線を移す。
 確かに褐色の肌ではあるが、髪はくすんだアッシュブロンド。体つきも外国人にしては細く、顔も整ってはいない。兄との共通点は肌の色だけだ。
 今回もまた人違いだった。
作品名:我侭姫と下僕の騎士 作家名:なしえ