我侭姫と下僕の騎士
「さてね。俺は商人だ。あちこちの町で商品を仕入れては売っている。女にやった首飾りをどこで手に入れたかなんて、一々覚えちゃいねーよ」
長く馬車の中に拘留され、男の方も不満がたまっている。騎士や兵士が誰かを探していることはわかったし、それと間違えられて捕らえられたこともわかった。人違いと確認され、すぐにでも開放されるとは思えるのだが、高圧的な青年騎士は、男の反骨精神を無駄に刺激した。
「商人なら、自分が仕入れた商品の購入先を忘れるはずがないだろう」
「商品ならな」
生憎、女に贈った首飾りは『贈り物』であり、『商品』ではない。
だから購入先など覚えてはいない。
そう嘯く男に、クロードは眦を吊り上げた。
「……さて、どうしたものかな?」
かつて自分の従騎士であった青年からの火急の知らせに目を通し、騎士デュランは青い瞳を細める。
白い便箋には普段の彼からは想像もできないような走り書きで短く、『姫君と兄が失踪。もしも頼ってくるような事があれば、引き止めるなり捕まえるなりしてくれ』と用件のみが綴られていた。
これは非常に珍しいことだ。礼節を重んじる青年が、挨拶の言葉すら忘れている。
それほど焦っているのだろう。
それはわかるのだが、デュランとしては手紙の主の期待には応えづらい。
「残念ながら、兄の方には弟のような可愛げはないんだな、これが」
真っ先に自分を頼ったとわかるクロードが可愛く、弟の読みを裏切って決して自分を頼ることがないとわかるイグニスが憎らしい。
デュランは十四歳のイグニスを従騎士として三年間預かり、その後クロードを預かった。兄弟ではあるがまったく異なる二人の性質は理解している。クロードは周りに頼ることが上手いが、イグニスは他人に甘えることが下手で、なんでも自分で解決しようとした。
周りを絡めて捜索網を広げるクロードと、二人連れとはいえ、片方はまったく役に立たない姫君を連れたイグニス。
今は上手く逃げているようだが、いずれは二人とも捕まるだろう。
「本当に、どうしたものかな……?」
イグニスかクロード。そのどちらかの味方になれと迫られれば、デュランは弟を選ぶ。従騎士として預かった際に、兄ほど狙った成果をあげなかった弟ではあるが、愛嬌という意味ではクロードが勝る。
だが、妹姫と他人のクロードであれば、デュランは考えるまでもなくクレアを選ぶ。
デュランの絶対的価値基準では、父カルバンは最下位。そして最上位にはクレアがおり、妹姫に並ぶ者としては、その母しかいない。
デュランがクロードの要請に応えるか否かは、クレアの意思次第だった。
「恋人というよりは、大切な玩具って感じだったんだよなぁ……」
イグニスを預かった三年間、ほとんど毎週のように届いた妹姫の手紙を思いだし、デュランは首をひねる。
つたない文字で『二番目のお兄様こんにちは。早くイグニスを返してください』と非常に解りやすい催促を受けたが、クロードを預かっている間はそんな手紙もなかった。
クレアにイグニスに対する執着があることは確かだが、それが恋や愛かは疑わしい。
綺麗に隠してはいたが、イグニスがクレアに対して恋慕の情を持っていたことは知っていたが。
「確認する必要があるな」
イグニス一人の暴走で妹姫を連れ去ったのならば、すみやかにクレアを取り返し、彼を父カルバンの元に送る前にデュラン自身がじっくりと旧交を温めたい。
だがしかし、クレアの意思もあって二人で失踪をしたのなら、どんな手を使ってでも妹が良いと思える場所まで逃がしてやりたい。
デュランとしては、可愛いクレアを可愛くないイグニスにくれてやるのは面白くないが、父の思惑通りに嫁がせるのはもっと面白くなかった。
「さて、チェスの腕は上がったのかな……?」
知恵を絞って隠れながら逃走しているらしいイグニスに、デュランは口の端を上げて笑う。
イグニスを預かっている間、何度もチェスで勝負をしたが、一度も負けたことはなかった。
デュランが知恵でイグニスに負けることはない。
「さて、どの辺に隠れているのかな?」
そう呟いて、デュランは地図へと視線を向けた。