小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

「既遂 序章」

INDEX|2ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

「俺は、アルヴァージュ家を襲撃した張本人だ。あの頃は自身の感情を自在に操作することができなかった。ゆえに、彼を一人にさせた。取り残される悲しみは痛いほどに理解しているはずなのに」
「あなたが、たった一人で……?」
 ヴァレスの驚く表情から視線を背け、静かに肩を落とす。
「吸血鬼――いや、厳密には半人半鬼にされたときの話だ。俺は九年前、ディクァラールという農村に住んでいた」
「ディクァラール……あぁ、あの村も吸血鬼の群れに襲撃されて滅んでしまいましたね。とても惨たらしい事件だったとか。私は文献でしか存じ上げませんが――まさか、貴方も惨劇の生き残りですか。なんと幸運な」
 相変わらず、この口調が癪に障る。ディストの苛立ちは、ただ募っていくばかりで、解決の光は一向に見えない。
「生き残ったはいいが、この通り、今はこの様だ。満月の夜に一度、人間の血を啜らないと呼吸ができなくなるほど苦しくなる。半人半鬼になったと知ったときは、いっそ命を絶ってやろうかとも思ったさ。叶わなかったがな」
 苦虫を噛み締めるかのように、己の忌々しい過去を口にすると、ディストはカプセルから視線を逸らし、手術台の上に片膝を立てて俯いた。
「それは勿体ない。私が有効に活用して差し上げましょう」
「……お前の欲を満たすためにか」
 一時的に欲が満たされたとしても、もしかすると、取り返しのつかないことをしてしまうかも知れない。ディストがアルヴァージュ家にしてしまったように。
 後悔や重罪を、この医者にまで招いてほしくはない。自分の二の舞を踏んでほしくはない。そんな思いを言葉にぶつけると、ヴァレスはふっと鼻で笑って見せた。
「過去、私は自分の患った原因不明の病気について、何年もの歳月をかけて研究していました。それはつまり、自身の欲を満たすために、自慰行為をしていたということです。ですが、それにも飽きてしまいまして。だって、解決しないのですよ? 一向に知識欲は満たされないではないですか。なら、もうどうでもいいとも思ったのですよ。人間は、吸血鬼を違って、生きようとしても死のうとしても、いずれは死にます。でしたら、抗わずに受け入れようと……あぁ、失礼。話が逸れてしまいましたね」
 自身ですら、好奇心を満たすための実験に使ったとは――まさに、狂気だ。あまりの恐ろしさに身体が震える。
 一歩間違えば、欲を満たすためだけに死ぬかも知れないというのに、死ぬことに畏怖や躊躇はないのだろうか。そんな疑問が脳裏を掠る。
「まだまだ吸血鬼には謎が多くてですね。例えば、吸血鬼が人間に血を注ぐことにより、半人半鬼という稀有な存在になるということは、貴方もご存知でしょう。この半人半鬼という存在は、毎夜血を必要とする吸血鬼とは違い、満月の夜にのみ血を必要とする存在だというのは、貴方が教えて下さるまで知りませんでした。あぁ、吸血鬼の繁殖方法も知りたいですね。吸血鬼も吸血鬼と交われば、人間と同じように子を宿そ、生殖活動を行うことができるのか、これが解明できれば我が国は……」
「お前の知りたいことなどどうでもいい。早く結論を言え」
「ふふ、せっかちなお方です。まぁ、いいでしょう」
 本当はどうでもよくないくせに。しかし、問い詰めるのは、今でなくてもいい。
 再び装置の方へ向き直ると、そっとガラスを撫でた。その指使いは滑らかでどこか艶っぽさすら感じるが、子どもや動物を愛で、慈しむかのようにも捉えられる。
「この魔術は、残念ながら、完璧なものではありません。もしかすると、貴方と過ごす日々の中で、封じ込められていた心的外傷が、何らかの切欠で再び解放されてしまう可能性があります。何せ、最初に申しました通り、この装置は試作品にしかすぎませんので」
 いちいち話を横に逸らしがちなヴァレスに苛々し、無言で彼を睨みつけた。瞳を見ていなくても、その眼光の鋭さは背中でひしひしと感じる。冷や汗を掻いたり、表情に出たりすることはなかったものの、心なしか背筋が寒くなるのを感じ、ヴァレスは白衣の襟を整えて誤魔化した。
「封じ込めている心的外傷が引き起されて、パニック状態になったとき、医者の資格を持たない貴方にそれに対処できますか? 恐らく、不可能でしょう。ならば、偉大なるこの私の存在が必要となるでしょう。それに……」
 突然、ディストの方を振り返った。そして、間髪入れずに、ガラスを撫でていた指先でディストの顎を取って持ち上げ、俯いていた顔を自分の方を向かせた。今まで怪しげに浮かべていた微笑を歪め、唐突に真面目な表情をして彼を嘲笑う。
「この名家の少年に、その心的外傷を植えつけた元凶が貴方自身だということを、よもや、お忘れではないでしょうね? アルヴァージュ一家全員を抹殺した吸血鬼さん」
「何が言いたい……?」
 悔しげに歯を鳴らすと、顎に掛けられていたヴァレスの手を荒々しく振り払う。振り払われた手を白衣のポケットに収めると、また先ほどの怪しげな微笑を取り戻した。
「吸血鬼や半人半鬼は、十年や二十年血を啜らずとも、その命が絶えることはありません。それはご存知でしょう?」
「そうだな。確かに九年掛かっても死ねなかった……」
 ヴァレスは白衣を肩までずり下げ、長く伸びた髪をまとめて縛り上げてから、自身の白く細い首筋に伸びた爪を立てる。少し力を込めると、赤い血は首筋を伝って、ゆっくりと服を汚していった。
「彼を治療するために、そのような長い年月の間、罪を償わなければならない対象である、アルヴァージュ家の生き残りの少年の血を啜ることなど、到底不可能だったでしょう。如何です? あの惨劇ぶりに見る人間の生き血は」
「……!!」
 溢れ出しそうになった唾液を喉に送り込む。そうしなければ、口元から垂れ零していたに違いない。これ以上そうならないよう、口元を塞いで、ヴァレスの首筋から流れる赤い血から視線を逸らす。吸血鬼の血は半分であるとは言え、今のディストにとって、人間の生き血は垂涎ものの馳走である。興奮で瞳孔が開いたまま、荒い息が止まらない。
 ……鬼になる。人間の血を喰らう、鬼に。
 惨劇を、悪夢を引き起こした、自分の中の鬼に、再び染まるというのか。
「おやぁ、どうなさいましたか?」
 挑発し、翻弄する言葉は、もうすでにディストの耳には届いていない。ただ、ヴァレスの首筋を滑らかに滴り落ちていく血液を横目で追いながら、伸びてきた鋭い牙を唇に立てることで痛覚を与え、自らの欲望を自制しようとする。それに必死になり、手術台の上に倒れ込み、荒い息を上げて悶え苦しむ。
 その姿はまるで、目の前でお預けを食らい、生殺し状態になっている狗のようだった。先ほどまでの冷静な姿とは打って変わり、醜態を晒しているディストを笑い飛ばしたかったが、その衝動を意地で押さえつける。
「貴方を私の研究実験の対象……いえ、私の欲を満たす新しい玩具として、常に私を傍らにおいて下さるとおっしゃるのならば、私はあちらの少年の医師として、この血を喜んで、貴方に差し出しましょう。悪くない条件だとは思いませんか?」
作品名:「既遂 序章」 作家名:彩風