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「既遂 序章」

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「既遂」


序章


 魔術治療装置の機動音とともに、カプセル内の環境は変化した。患者の治療が始まったのである。
 水泡がコポコポと湧き出る音が院内に響き渡る。その他は夜の静寂にかき消され、何も聞こえない。しかし、鼻を突く消毒液の臭いだけは、静寂とともに消えてくれはしなかった。
 病院(というよりかは、もはや実験室という名が相応しい)という場所は、五感が他者よりも優れるディストにとって、とても居心地のいい場所とは言えない。むしろ、不愉快な場所でしかなかった。
 名医ともマッドサイエンティストとも呼ばれる、光と闇の二足の草鞋を履く医師、ヴァレス・オルレアンに出会うまで、五年もの時間と労力を費やしてきた。やっと自分の使命の一つが果たせる……そう思い、ディストは長い溜息を吐き、手術台の上に腰をかけた。
 彼――ヴァレスは、医師と名乗っているにも関わらず、自分の興味の持った患者しか診ない。その代わり、一度診ると決めれば、無償で治療を行うという変わった医師らしい。患者の付き添いであるディストが、世にも珍しい半人半鬼という希少な存在だからという理由で、彼はこの治療を無償で引き受けたのだ。何やら裏がありそうな気がするが、今はいいだろう。そのときに対処すればいい。
 半人半鬼。
 人間の赤い血と吸血鬼の青い血を一つの身体に宿している者の名称だ。
 ディストは生まれつきながらに半人半鬼であったわけではない。過去の事件で故意的に仕組まれた結果、今の状態に至っている。
 五感が優れ、身体能力が人間に比べて高いこと以外は不便しかない身体であるが、この身体でなければ、この患者を救うことはできなかった。その点に関しては、自身をこんな身体にしたことを感謝しようか。いや、この身体でなければ、この患者はこんなことには――。
 俯いたまま見上げた医者は、肩まで伸びたバサバサな髪を靡かせてこちらを振り向いた。カプセル装置の青白い光が当たり、銀縁の眼鏡が逆光している。それにより、彼の陰湿さと奇抜さが格段に上がる。背はさほど高くないため威圧感はない。だが、医者というよりかは、マッドサイエンティストのそれに近く、この医師を信用してもよかったのだろうかと、今さらながら、不安が過ぎる。
「ディストさん。本当にこれでよろしかったのですか?」
 カプセルの操作を終わらせたヴァレスが、こちらを振り向いて尋ねた。今さら止めてくれと懇願しても、元に戻すことができないことは、最初に何度も念を押して言っていたくせに。
 不安はあれど、もう後悔はない。
 これでいい。
 これでいいのだ。
 忌まわしい記憶は、忘れている方がきっと幸せだ。
「自分の両親が目の前で殺されるというのは、見ていて気分のいいものではないですしねぇ。忘れられるものなら、忘れたいものでしょう」
 だが、見届けたかったのである。
 自我の暴走により、守ることのできなかった、この患者――少年の行く末を最初から最後まで。
 否、最初から最期まで。
「彼の心的外傷を封じ込める治療を施しましたが、彼が目覚めたあとは、一体どうするおつもりですか?」
「俺のような存在が、王族や貴族の孤児院に彼を入れてやることができないことくらい、やらずとも目に見えている。だから、平民の孤児院に送ることも考えたが、それでは、彼があまりにも不幸だ」
「ほう。不幸、ですか。なぜまたそのような考えに至ったのです?」
「彼は魔術の名家、アルヴァージュ家の生き残りだ。プライドの高い貴族を平民扱いなんてしたらどうなるか」
 アルヴァージュ家。
 先述した通り、魔術の名家である。
 かつては、王の側近や多くの魔術師を率いる軍師など、魔術に秀でた人間を輩出していた家で、その家の長い歴史は三十一代まで遡り、今もなお長い歴史は、終わることを知らずに続いている。
「一人の吸血鬼に襲撃され、一家の人間が一夜で亡くなってしまったという、あの事件の生き残りが、彼なのですね」
 この胡散臭い医師の言う通り、アルヴァージュ家は六年前に吸血鬼に襲撃されている。今、このカプセルの中で眠り、治療を受けている患者こそが、まさにこの事件の生き残りであり、ゆくゆくはアルヴァージュ家三十二代目当主となるだろう人間である。
 ちなみに、この名家の少年をこの病院に連れて来ることができたのは、この病院に向かう途中で行商人から買った呪符を貼りつけていたからである。
 呪符というのは、法術(治癒の術)の素質を持たない者や素質があっても術を会得していない者、吸血鬼が自身や他者の治療をするために使う、法術の効果を封じ込めた札のことである。なお、人間の行商人が吸血鬼に呪符を売買するのは、重罪として罰されるが、ディストは幸運にも悟られることなく、購入することができた。
 なお、ディストが購入し、アルヴァージュの少年に使用した呪符の効果は、術に仕組まれた術式を解除するまで、対象となる人物を一時的に昏睡状態に陥らせることができるというものだった。
「ある意味、記憶を消されてなお生きるより、生き残らずに死んでいた方が幸運だったかも知れないかもな」
 カプセルの中で、何も知らずに眠る少年の顔を見ながら、ディストは独り言のように皮肉を呟いた。だが、ヴァレスは口元を怪しく綻ばせて嘲笑した。貶している割には、どこか楽しげに。
「なるほど。だから、一部の記憶――心的外傷を封印したかったのですね。まぁ、魔術で吸血鬼と戦ってきた者を多く輩出した名家がなくなれば、我々の人間の生活や、私の研究にも支障を来たしてしまう危険が大いにありますしね。アルヴァージュ家の成してきた功績は偉大ですよ、まったく」
 ヴァレスの物言いが気に入らなかったのか、ディストは小さく舌打ちをした。案の定、ヴァレスには聞こえていない。
「気に入らないなら、俺を王国に突き出せばいい。その代わり、このアルヴァージュ家の少年を助けてからにしてくれ」
「何をおっしゃるかと思えば、とんでもないことを。貴方は半人半鬼という珍しい存在。吸血鬼がどのような意図で貴方に血を分け与えたのかは存じませんが、どうせ死ぬのならば、私の研究に役立ってもらってからではないと」
 裏があるとは思っていたが、やはりそういうことか。
「……感謝する。だが、お前の興味を満たすための対象になるなどとは言っていない。お前が彼を救った後、俺を王国に突き出さないと言うなら、治療が終わり次第、こんな辛気臭い場所から出て行くつもりだ」
「そうですか。それは残念です。しかし、本当に今後はどうするおつもりで?」
「アルヴァージュ家の別荘にも、多くの財産が残されているという情報を聞く。そこを居住し、彼と生活を共にするつもりだ。彼の思うように、自由に」
「それはつまり、従者の道を歩むということですね。まぁ、アルヴァージュ家の少年の従者ならば、貴族になりすますこともできますでしょう。半人半鬼なんていう異形の存在の貴方にとっては良いこと尽くめです。もしかすると、半人半鬼なんて中途半端な存在は、吸血鬼の仲間入りもさせてもらえないかも知れませんしね」
作品名:「既遂 序章」 作家名:彩風