怪物と娘
平和な時代が始まりました。
しかし怪物となってしまったカグマの生活は安定しているとはいえませんでした。
カグマを受け入れられない姉から、海沿いにある祖父母が遺した空き家で住んだらどうだという提案でカグマは村から少し離れた海沿いの家で暮らすことになりました。
食べ物はしばらくの間姉が分け与えてくれ、家の畑を耕すことで次の春にはなんとか自立できそうでしたが、以前のようには村の男達と働くことはできそうにありませんでした。
唯一の支えはミズハでしたが、ミズハの両親がカグマと会うことにあまりいい顔をしないため、人目を忍んで会うしかありませんでした。
問題はまだあります。
カグマと同じように戦争に借り出されていった青年がちらほらと帰ってきました。
戦争も終わったんだからこれからは愛する人と幸せな家庭を築きたい。
青年達がそう思うのも自然なことでした。
カグマだって同じです。
できればミズハと――と思いますが、怪物と恐れられる姿になってしまい、ミズハとミズハの両親のことを思うと、とてもプロポーズなどできません。
しかしそんな事情は青年達には関係ありません。ミズハにプロポーズする者も現れました。
ミズハの両親は乗り気でしたが、肝心のミズハは何人もの男を袖にしてしまいました。
ある夜、海沿いのカグマの家にミズハが訪ねてきました。
カグマは驚きましたが平静を装いミズハをもてなしました。
ミズハは始終緊張した面持ちで、胸の前でぎゅっと手を握り締めるとカグマに尋ねます。
「カグマは私のことどう思ってるの」
カグマははっと息を飲みました。
もしそんな質問をされたらこう答えようと決めていました。
しかし「好きだ」という言葉が口をついて出ました。
「私もカグマのことが好き」
遂に二人は想いを伝え合いましたが、どうしてもカグマは今一歩踏み出せません。
だからといって、彼女に他の男と幸せになってくれなどと言えません。
自分にはどうすることもできずにカグマは黙って涙を流しました。
「カグマ。泣かないで」
ミズハは涙を流すカグマをいつまでも抱きしめてくれました。