怪物と娘
そして5年の月日が流れました。
カグマの家の前に妙齢の女性が立っていました。
そう、カグマや若い兵士に術をかけたあの魔術師です。
平和な時代になったにも関わらず、魔術師の顔は不幸そうです。
彼女のこの五年間は彼女の人生で最も不幸な五年間でした。
国の圧力で解けもしない魔術をかけさせられ、兵器となった兵士に恨まれ追いかけられ、誰も守ってくれる者もおらずに山奥に立てこもっていました。
その間何とか元に戻せそうな術をいくつか見つけ出し、術をかけた人間に謝罪をして術を解こうとやっと山奥から出てきたところでした。
どんな罵声を浴びせられるのだろうとドキドキしながら玄関を叩きました。
出てきたのは怖ろしい化け物ではなく、赤ん坊を抱えた若い女性でした。
「あの、カグマさんにお会いしたくて」
しどろもどろに若い女性に伝えると、女性は笑って家の奥に向かってカグマの名前を呼びました。
すぐに足音が近寄ってきます。
カグマの姿を見て魔術師は目を見開きました。
「カグマ……さん、ですか?」
「はい。あなたはあの時の魔術師さんですね」
目の前のカグマは兵器でも怪物でもなく、術をかける前の人間の姿でした。
五年分の年を重ねているようでしたがすっかりただの人間です。
魔術師はその場に膝をつきはらはらと涙を零しました。
へろへろの魔術師をカグマとミズハは家に抱えいれて、彼女の前に温かいお茶を出し、うわ言のように「どうして?」と繰り返す彼女に笑いかけます。
「実は完全に術が解けたわけではないんです。今は人間の姿ですが、たまに戻るんですよ」
魔術師達は解けないと思っていた術だったのですが、実験が不十分だったのか、魔術師達の力不足だったのか、ある日突然カグマの体は元に戻ったのです。
しかし何日かしたらまた元に戻り、やっぱりずっと怪物姿のままだと思っていたら、人間に戻るといった具合でした。
それでも徐々に人間姿の方が長くなり、今では怪物姿の期間の方が短くなっていました。
同じように術をかけられた元兵士達も大体元に戻ろうとしているという噂は至るところから聞こえてきます。
「最初は辛い思いもたくさんしましたが、あの姿は人よりも長い時間働けるし、力も強くて今では結構頼りにされてるんですよ。
中には稼ぎに稼いで億万長者になったやつまでいるそうですよ。力の有効活用ですよね。僕もそうすればよかったかな、なんてね」
五年間山奥にこもりきりだった魔術師には予想外の話ばかりです。
明るく幸せそうな夫婦を前に魔術師はテーブルに額がつくほど深く頭を下げました。
「それでも、あなたに辛い思いをさせてごめんなさい」
カグマは笑って魔術師のことを許しました。
「あなたもたくさん辛い思いをしましたね」
若い夫婦はこれからも謝罪の旅を続けるという魔術師を見送りました。
魔術師は丘の上を見上げます。
若い父親の片腕には彼らの赤ん坊が抱かれています。
夫婦はしっかりと手を繋ぎあい、若い母親がこちらへ手を振っていました。
カグマとミズハ、そして彼らの子供は小さくなっていく魔術師の背中をいつまでもいつまでも見守っていました。