怪物と娘
何人もの魔術師が、若者と同じ選択をした数百人もの兵士達に術をかけました。
術をかけられた兵士達の体躯は皆2mを越すの巨人となりました。
筋肉は銃弾を弾くほど硬くたくましく、以前とは比べ物にならないほど体力に満ち溢れています。
彼らは戦地に送られ戦果を挙げました。
彼らの国が勝利するまでさほど時間はかかりませんでした。
術をかけられた兵士の中には戦争で亡くなる者もいましたがほとんどの兵士は生き残り自国に帰って来ました。
生き残って帰ってきた兵士達に国の偉い人から告げられたのは残酷な現実でした。
術は解けない。
国の英雄として胸を張って生きてほしい。
絶望してその場に泣き崩れる者、国に憤り暴力に走る者、様々な者がいましたが、例の若者はとにかく戦争に疲れきっていました。
早く生まれ育った村に帰りたい。
彼女に会いたい。
早く体を休めたい、早く大事な人に会いたいという気持ちは同じだったのでしょう。
多くの者は自分が元いた場所に帰ることになりました。
しかしその道中、若者はさらに悲しい現実を思い知りました。
若者を見る国民の目は怯え、子供がいる母親は子供を家の中に隠してしまいます。
勇敢な男は若者を怪物と罵り石を投げてきます。
石を投げられても若者の頑丈な皮膚はあまり痛みを感じませんが、若者の心は傷つけられました。
できるだけ人目につかない道を選び、村への道を急ぎます。
村に帰ってからも、若者を見た村人は恐れおののき、家の中へと隠れてしまいます。
唯一の家族である姉からもなかなか信じてもらえずに、その夜は納屋で一晩を過ごすことになりました。
翌日になってからも姉の態度はよそよそしいものでした。
村人達に遠巻きに若者を眺めるだけで、近寄ってきません。
納屋の中一人ぼっちでパンとスープを食べていると、納屋の扉が二回ノックされました。
「カグマ、私よ、ミズハ。話はお姉さんや村の人から聞いたわ。入ってもいい?」
「も、もちろん」
そっと扉が開かれ、夢にまで見たミズハが納屋の中に入ってきます。
ミズハはカグマの姿を見て、一瞬怯えた表情を見せましたが、それでもそろそろと近寄ってきます。
カグマが座る壊れたソファの横にそっと腰をおろします。
「本当にカグマなのね」
肯定するとミズハは涙をぼろぼろと流し顔を覆います。
カグマは彼女を怖がらせてしまったからだと思いましたが、すぐにそれが勘違いであることに気づかされます。
「カグマが生きて帰ってきてよかった。そんな姿になって、大変だったわね」
ミズハがカグマの髪の毛をくしゃくしゃと撫でると、カグマの目からも涙が溢れてきました。
ようやく戦争は終わったのだと初めてそこで実感しました。