夜桜お蝶~艶劇乱舞~
「ぎゃぁぁ……な、なんだこれは……ぐげげぇ……」
「〈あちら側〉に棲む蟲の一種でやすよ。闇蛭と申しまして妖物の血が大好物でやす」
闇蛭は河童の躰を這い回り、肘の傷から体内へと潜り込んだ。皮の下を波打って這い回る闇蛭に耐えかね、河童は巨体を振り回し暴れ狂った。そのたびに、地面が激しく揺れ、闇蛭の海が躍る。
「てめぇに殺された女の怨み、味わったかい!」
お蝶の怒号もすでに河童の耳には届かない。
耳の穴から侵入した闇蛭に鼓膜を破られ、超絶的な苦痛に悶えるばかり。
鼻で嗤ったお蝶は口元を吊り上げた。
これで悪代官も一巻の終わりだ。
あとは残骸が腐る前に大掃除をするだけだった。
物陰に隠れていた黒子がひょいと顔を出し、地面に下ろした葛籠の蓋を開けた。
そして、お蝶は甘く囁く。
「おゆきなさい」
葛籠に潜む闇から、甲高い悲鳴が聴こえる。号泣する声が聴こえる。轟々と呻く声が聴こえる。どれも惨苦に満ち溢れている。
風となって〈闇〉は世界を翔け抜けた。
散らばった肉を呑み込み、血を呑み込み、貪欲に貪り喰う。
〈闇〉は河童の躰にも絡みついた。
もはや河童に抵抗する力など残っていないかに思えた。
しかし、河童は最期の力を振り絞って、艶やかに笑い続けているお蝶に一矢報いようと手を伸ばした。
手を握られたお蝶は余裕で構えている。
「そんな物でいいなら、冥土土産にくれてやるよ」
お蝶の腕はもぎ取られた。けれど、血が噴き出すこともなく、なおもお蝶は嗤っていた。
憎しみを抱いた絶叫が木霊した。
河童の躰は全て〈闇〉に呑み込まれ、全ては何事もなかったように消えた。
「さっ、自分の世界にお帰り」
〈闇〉は泣きながら葛籠の中に還っていった。
そして、黒子は葛籠の蓋を固く閉じた。
作品名:夜桜お蝶~艶劇乱舞~ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)