夜桜お蝶~艶劇乱舞~
終章
天狐組と女郎屋は全焼した。
そして、組は大勢の組員の失踪と、二本の大きな柱を失ったこともあり、解体を余儀なくされた。
いつか嵐の晩に助けた娘とお蝶は再会していた。
「お前さんも達者でね」
人並みの笑みでお蝶は娘を見送った。
「ありがとうございました。いつか旅の途中、私の村に立ち寄ったら歓迎します」
「それは嬉しいこったね」
「はい、それでは失礼します」
娘は頭を下げてから、眩しい笑顔でお蝶に手を振った。女郎の時とはまるで別人のような顔だ。歳相応な若々しさに溢れた娘がそこにはいた。
これから女郎たちは国元に帰る者もいれば、帰れぬ者もいる。温かく迎えてくれる家がある者もいれば、またある者は次の勤め先を探し旅に出る。
お蝶もこれからまた長い旅がはじまる。
その前に、お蝶は黒子を引き連れ代官屋敷に足を運んだ。
人っ子一人いない代官屋敷は、不気味なまでに静まり返っていた。
太い幹をした木の根元で、お蝶と黒子は地面を掘り返した。
しばらく掘ったみたところで、人の繊手が出た。
丁寧に土を退かしていくと、血の気もなく蒼ざめた顔が現れた。
暗い地の底で眠っていたのはお千代の屍体だった。
さらに掘り進めていくと、骨や半分腐ったような屍体が山のように出てきた。
代官の餌食となった娘たちの屍体が、ここに埋められていたのだ。
まだ人の形をしている屍体はお千代以外にもあったが、それらは臓腑を抉られた痕がある。その痕がお千代だけになかった。
代官が生き血を啜り、お紺が肝を喰らっていたことまで、お蝶は知る由[ヨシ]もなかった。
最後の犠牲者になったお千代は、その場にお紺がいなかったために、肝を喰われていないのだ。
血を抜かれ、肝まで抜かれるとは、なんとおぞましい死であろうか。
お蝶と黒子は屍体に手を合わせて祈った。
そして、お蝶はお千代が髪に差していた簪[カンザシ]を取り、懐にしまって形見とした。
しゃがんでいたお蝶が立ち上がった。そのまま上を見ると、人の血肉を養分にした桜が咲いていた。
美しく儚くも咲き誇る桜。
もうすぐ冬が訪れるというのに、今日も昨日に続いて日差しの強い日になりそうだった。
この町から嵐は去ったのだ。
(完)
作品名:夜桜お蝶~艶劇乱舞~ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)