夜桜お蝶~艶劇乱舞~
「人間てのは本当に醜い生き物だねッ!」
狐火が放たれ火のついた弥吉は両手を高く掲げ広げた。
地獄の業火に焼かれながら、弥吉は奇声にも似た高笑いを発していた。
裏切りを繰り返した弥吉は炎によって裁かれた。
火は密集した家々にすぐに飛び火するだろう。
「本当に潮時のようだね」
と、お紺は呟き、狐火を放った。
もう手加減をする必要はない。ここは火の海に沈む。
お紺はところ構わず狐火を放ち、あたりはまさに火の海に沈んだ。
建物に囲まれた裏庭は、このままでは火の壁に囲まれることになるだろう。
炎を後ろにしてお紺は艶やかに微笑んだ。
「尻尾を巻いて逃げさせてもらおうかね」
金色の尻尾を揺らし、燃え盛る女郎屋に消えていくお紺の影。
その後を追ってお蝶は火の中に飛び込もうとしたが、屋根が崩れ落ち行く手を塞いでしまった。
気付けば女郎屋以外の建物も燃え盛っている。
熱風が吹いた。
「さて、どうしたもんか……」
お蝶は辺りを見回しながら呟いた。
目が留まった。
お蝶も黒子も二階の屋根を見上げていた。
煌きが屋根に向かって放たれる。
不可視の妖糸を屋根に固定し、葛籠を背負った黒子を、さらにお蝶が黒子を背負う。
「屋根が崩れないことを祈るのみだね」
そして、お蝶は軽やかな動きで屋根に登りはじめた。
夜更け、代官は寝室の襖を開けた。
すると敷かれた布団の横に、背を向けて座る女の姿があるではないか?
「何者じゃ?」
尋ねた代官に女は背を向けたまま答える。
「わたしのことをお忘れでございますか?」
ゆらりと立ち上がり、女は勢いをつけて振り向いた、その顔は般若の面。二本の角を生やし、恐ろしいまでに憤怒した般若面であった。
代官は一瞬怯みながらも、威勢をつけて女に飛び掛った。
「誰の悪戯じゃ!」
鷲掴みにした代官の手が般若面を剥ぎ取る。
その下から現れた顔を見て代官はカッ開いた眼を剥いた。
数日も前に抱いた女ならば忘れていたかもしれない。けれど、この顔は忘れるはずもない。
――お千代だった。
そんな筈はない。確かに血を啜り、事切れた筈だ。
「儂が殺した筈……いや、絶対に殺した」
「では、ここにいるわたしは何者でございましょう?」
「幻影に決まっておる」
「なぜそう思うのですか?」
「桜の木の下に殺して埋めた!」
作品名:夜桜お蝶~艶劇乱舞~ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)