夜桜お蝶~艶劇乱舞~
それは袴を身に纏った人形であった。人形は脇差よりも短い刀を抜いている。
人形は糸が切れたように崩れた。すぐにお紺の背後にお蝶が襲い掛かる。
迫った妖糸は金色の尾によって弾かれた。
振り返ったお紺は憤怒していた。
「切り刻んでやる!」
お蝶がお紺の気を引いているうちに、再び人形が動き出しお紺の背後を衝こうとする。だが、二度目はない。人形は尾に弾かれ遠く宙に舞ってしまった。
その隙に黒子は迅速に駆けていた。葛籠に駆け寄り蓋を閉め、すぐさま葛籠を背負って間合いを取った。
負傷したと思われていた黒子の片腕は自在に動き、拾い上げた自らの杖で地になにかを描いていた。
蛇が張ったような文字を円形に描き、自分の周りをぐるりと囲う。
もしやと思い、お紺は腕を斬られ血の付いた袖を破り取り、それを黒子に向かって投げつけた。
血の付いた袖は火花を散らしながら、黒子の目の前で燃えた。妖魔を寄せ付けぬ魔法陣を黒子は描いたのだ。
最初に描いたのは簡易処置。さらに黒子は最初に描いた魔法陣の外側に、二重三重と魔法陣を描いていった。
魔法陣を見ているお紺は顔を渋らせている。
「今まであたしが見てきたものとはちょいと違うようだね」
「わかりやすかい?」
と、にやりとお蝶は笑った。
「遠い異国の術でやす」
「伴天連[バテレン]かい?」
「いえ、欧羅巴[ヨーロッパ]魔術の類でやす」
術を講じた黒子に代わってお蝶が説明をした。謎の葛籠に西洋魔術。黒子の謎は深まるばかりである。
お蝶とお紺が対峙する。
再び戦いがはじまり、熾烈を極めるかと思われた。
しかし、事態は思わぬ方向に進みつつあった。
どこかで悲鳴が聴こえ、耳を済ませれば喚き声も聴こえる。
女郎屋の窓や縁側から急に煙が出た。立ち昇る灰色の煙が、休むことなく女郎屋から出ているではないか。
縁側から駆け出してくる者も数人いた。その中に混ざり、幽鬼の形相でゆらりゆらりと歩く男の姿。男は肩を震わせクツクツと嗤っていた。
――弥吉だった。
胸を紅く滲ませ、弥吉は空ろな眼で歩いていた。
「クククッ……燃えちまえ、全て燃えちまえ!」
そう、弥吉が油を撒き女郎屋に火を放ったのだ。
木造立ての女郎屋は見る見るうちに燃え上がっていく。
弥吉は最後にお紺をも裏切ったのだ。
お紺は憤怒した。
作品名:夜桜お蝶~艶劇乱舞~ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)