夜桜お蝶~艶劇乱舞~
「視えたよ。氣を集束させた線だろう?」
「そうでやすか……いえ、あたいには視えないもんで……やはりお前さんは人間じゃありやせんね?」
「そういうあんたは?」
「さて?」
お蝶は惚けた。
視えたとなると厄介だ。
お蝶が放った技は氣を練り糸状にしたもの。お紺は線と例えたが、もっと柔軟で撓[シナ]りが利く。罠を張ることもできるが、視える相手には意味を為さない。人間の目にはほぼ不可視の妖糸なのだ。
妖糸といえど物理法則に左右される代物だ。放たれる速度は術者の身体能力に比例し、手から遠くなればなるほど速さは落ちる。
しかし、お蝶の身体能力は常人を遥かに凌いでいた。
その躰からは想像もできない瞬発力でお蝶は翔け、神速で妖糸を放った。人間とは思えぬ速さだ。
だが、お紺は高い下駄で軽く躱す。こちらも人間を越えていた。
そして、ついにお紺が反撃に出た。
空気が焦げたかと思うと、火の玉がお紺から撃たれた。
すぐさまお蝶は後ろに飛び退く。
四散した火の粉の痕が地面を焦がした。
やはりとお蝶は頷く。
「狐火ですかい?」
「さて、どうだろうね?」
惚けたのは、今までのお蝶の態度への軽い仕返しだ。
お蝶は視線を左右させ辺りを見回した。広い裏庭といえ、周りは家に囲まれた中庭のような場所だ。ちょいと先には女郎屋の縁側もある。ここでの戦いは多少の幸運といえた。
お紺も馬鹿ではない。火の玉は斜め下に撃たれた。矢鱈滅多ら撃って、よもや辺りを火の海に沈めるようなことはないだろう。
妖糸は視られたが、狐火も自由に放つことはできない。
お紺はお蝶から一定の距離を保って離れていた。減速する妖糸は離れれば離れるほど、躱しやすくなることを知っているのだ。一方のお蝶はもう少し近づきたい。けれど、近づき過ぎるのも危険だ。どの程度、お紺が肉弾戦に長けているかによる。
黒子は依然として静かに正座をしている。
切り札の葛籠はどうした?
理由は?色々?とあるが、一番の問題は呑み込んではないモノがあることだ。女郎屋の縁側や民家の窓、言うことを聞かなかった〈闇〉が飛び込み可能性がある。
お蝶はお紺との距離を縮め、渾身の氣で妖糸を煌かせた。
「しまった」
と、誰かが漏らした。
作品名:夜桜お蝶~艶劇乱舞~ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)