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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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夜桜お蝶~艶劇乱舞~

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 例え目で見えなくとも音は聴こえ、娘は恐怖を感じていた。
 凍てついた狂気が辺りを包んでいる。
 黒子は娘の躰を半回転さえ、目から手をゆっくりと退けた。娘は振り返る気など毛頭ない。振り返ってはいけないと本能的に感じた。
 黒子は背負っていた柿渋色の葛籠を地面に下ろした。
 そして、ゆっくりと蓋を持ち上げた。
 お蝶は遠くを眺め甘く囁く。
「おゆきなさい」
 泣き叫ぶような声が聴こえた。
 その声は葛籠の奥にある闇の世界からした。
 悲鳴が聴こえる。泣き声が聴こえる。呻き声が聴こえる。どれも苦痛に満ちている。
 葛籠から闇色をした風が飛び出した。
 叫び声をあげながら〈闇〉が世界を飛び交う。
 〈闇〉はお蝶の周りを飛び交い、地面に落ちた血肉を呑み込んでいく。
 跡形もなく、血の一滴も残さず、地面を抉ってでも全てを呑み込もうとする。
 貪欲に貪り喰う。
 何事もなかったように、その場にはなにも残らなかった。
「さっ、自分の世界にお帰り」
 お蝶の言葉に服従する〈闇〉は、やはり叫びながら葛籠の中に飛び込んでいく。
 そして、黒子は葛籠の蓋を固く閉じた。
 声を聴いてしまった娘は震えていた。
 聴いてはいけない、この世ならぬ叫びを聴いてしまった。
 これから一生、闇を恐れて生きていかなくてはならないかもしれない。
 女郎屋を逃げた娘は、それが正しい選択だったか、胸に迷いを生じさせた。

 自分が泊まっている宿にお蝶は娘を匿った。
 ふとんに寝かされた娘の顔は赤く、頬がやつれてしまっている。
 豪雨に打たれ風邪を引いてしまったらしい。痩せこけた娘の顔を見るに、自力で回復する体力はなさそうだ。
 お蝶は娘の額に濡れ布を被せた。
「よく効く薬がある。それを飲んで、温かい粥でも食って休むといい」
 無言の黒子は早々にあの葛籠から薬を出し、娘に口を開かせようとした。
 だが、葛籠が再び開けられるのを見た娘は凍り付いてしまっていた。
 葛籠が開かれる恐怖が躰を凍らせる。
 黒子はお蝶と娘に背を向けて、徐[オモムロ]に顔の前に掛かっている黒い布を捲くった。今、壁だけが黒子の顔を見ている。果たしてどんな顔をしているのだろうか?
 壁を向いた黒子は紙に包んだ薬を顔に近づけてなにかをした。
 再び顔を隠した黒子は振り返り、娘の顔に自分の顔を近づける。