夜桜お蝶~艶劇乱舞~
その奇怪な現象にやくざもんたちは一瞬怯むも、頭に血の昇った躰は抑えられず、構わずお蝶に飛び掛った。
暗がりの中で風が薙がれた。
風が吹き出すような音がした。それは首を失った胴が血を噴き上げる音だった。
今度こそ心の芯から怯んだ男たちは動きを止めた。
仲間のひとりが首を飛ばされた。その男にお蝶は触れていない。かまいたちか?
一人の男が叫び声をあげてお蝶に背を向けた。逃げようとでもしたのだろう。
しかし、その男の末路は悲惨だった。
男の上半身が傾いた。否、右肩から左腰まで何かが趨[ハシ]り、男の上半身が斜めにずり落ちた。
地面に落ちた上半身だけの男は、しばらくの間、もがき苦しみ生きていた。その呻き声を聴いたものは、耳に張り付いた恐怖に夜な夜なうなされることだろう。
誰も逃げるしかないと思い、やくざもんたちは各々の方向に走り出した。
膝を斬られ勢い余って胴が飛んだ。
首が転がった。
手が飛んだ。
斬られた四肢が宙を舞う。
噴出す血は雨や泥と混ざり、穢れた沼をつくりだす。
最後に腰を抜かして動けなかった男が残った。
地面に尻をつけ、躰の震えが止まらない。
夢にしても悪すぎる。例え覚めたとしても、瞼の裏に焼きつく残像が恐怖を呼び起こすだろう。
男は叫ぶ。
「殺してくれ!」
死んで楽になったほうがましだ。
昏[クラ]い陰を落とすお蝶の唇が艶やかに微笑んだ。
「外道は殺す価値もないね」
お蝶の手が動いた刹那、男の片耳が削ぎ落とされた。
「ぎゃぇ!」
悲鳴をあげた男の股間が温かくなった。男は失禁してしまっていた。
お蝶はそれを知ってか知らずか嘲笑う。
「お逃げ、逃げなきゃもう片方も落とすよ」
「や、やめ……」
男は指で泥を掻き分け必死に立ち上がろうともがいた。
四つん這いになって背を向ける男のケツにお蝶の蹴りが入った。
「さっさとお逃げ、そのまま尻を突き出してる気なら、本当に尻を二つに割るよ」
「ひぇっ!」
まともな言葉も出せず、男は必死に立ち上がり走り出した。けれど、少し走ったところで足がもつれて転んでしまった。
顔面から地面に飛び込み、それでも痛みなど忘れて立ち上がり、無我夢中で逃げていった。
残されたお蝶はばら肉に囲まれながら呟く。
「……さて」
黒子は一部始終の間、肩を抱いていた娘の眼を手で押さえていた。
作品名:夜桜お蝶~艶劇乱舞~ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)