夜桜お蝶~艶劇乱舞~
黒子は唄に合わせた人形をすでに取り出していた。まるで示し合わせたような手際の良さだ。
女郎に本気の恋をした男と、その男を愛してしまった女郎の悲恋の話。
饒舌に唄う声に合わせて、弦が切れんばかりの激しい三味線の音色。
料亭の外は激しい雨が降ってきた。
風が笛を鳴らし、稲光が障子に女の影絵を映し、雷鳴が轟いた。
その時にちょうど、渡り廊下を歩いていたのはお紺に連れられたお千代であった。
お千代はお蝶が唄う部屋の前を通り過ぎ、隣の部屋の前で足を止めた。
廊下に二人は正座して、お紺が障子を開けた。
「失礼いたします」
開けらた障子の先では、代官が胡坐をかいて仰け反りながら酒を浴び、その取り巻きでは美人の芸者たちが歌い踊っていた。
ギロリとした代官の目玉がお千代を見た。
「早う早う、近う寄れ」
自分の横に座ったお千代に代官は空のお猪口を突き出した。すぐにお千代は酒を注いだ。
酒を注ぐお千代の横顔を舐めるように代官が見ている。
「上玉じゃのう」
生臭い息がお千代の吹きかかった。
代官はもう周りの芸者など見ていない。
「もう下がってよいぞ、二人で酒を楽しむでな」
唄い踊っていた芸者たちが急に静まり、乱れた着物を直して廊下に出て行く。最後にお紺がお座敷を後にする。
「どうぞごゆるりと……」
恐ろしいほどの艶笑を浮かべて、お紺は障子をぴしゃりと閉めた。
「若くて良い躰をしておる」
裾の間から枯れ枝のような指が差し込まれ、柔肌の太腿をまさぐられた。
顔を背けたお千代の横顔に代官の顔を近づく。
「怖がることはないぞ、儂は女の扱いを心得ておる」
ねっとりとしたモノがお千代の頬を這った。それは蛞蝓[ナメクジ]のように動く代官の舌であった。
お千代の躰は震えた。いや、痙攣した。
身の毛のよだつ恐怖のはずが、気持ちとは裏腹にお千代の躰は身悶えた。
耳を舐められ、息を切らしたお千代は退いた。
代官から逃げるようにお千代は退いた。
しかし、代官は蛇のようにしつこくお千代の躰に巻きつこうとする。
「儂が怖いか?」
「…………」
お千代の顔は引きつっている。
「良い表情じゃ。恐怖に引きつった顔のなんと甘美なことか……」
「嫌……まだ心の準備が……」
「大人しく儂に抱かれろ」
「嫌……緊張して……か、厠に行って参ります」
作品名:夜桜お蝶~艶劇乱舞~ 作家名:秋月あきら(秋月瑛)