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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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夜桜お蝶~艶劇乱舞~

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 お千代はめいいっぱいの力で代官の躰を押し退け、廊下に続く障子の前に逃げた。
「厠に行って参ります。す、すぐに帰って来ます、絶対に」
「逃がさんぞ!」
 飛び掛ってくる代官に背を向けてお千代は廊下に逃げた。
 廊下を走るお千代は本当に厠に駆け込んだ。
 肩で息をしながら、表情は強張っている。
 呼吸を整えたお千代は裾を捲し上げて、自らの股座に手を忍ばせた。
 そして――。
「ぐっ……」
 歯を食いしばったお千代の目頭から涙が零れた。
 厠を後にしたお千代は廊下でばったりお蝶と出会った。
 お蝶は無言で横を通り過ぎようとしたお千代の腕を掴んで引き止めた。
「どこか怪我でもしたのかい?」
 お蝶の掴んだお千代の手首から先に、血で汚れた跡が残っていた。
「いえ……」
「ならいいけど」
 お蝶は懐から出した手ぬぐいで、お千代の手の穢れを拭った。
 軽く頭を下げてお千代はお蝶と別れた。その足で代官のいる座敷に戻る。
 障子を開けて、正座をしたお千代は深々と頭を下げた。
「失礼したしました。心の準備はもうできました」
 顔を上げたお千代の表情は、先ほどと別人のように凛としていた。
「ほう、恐ろしゅうなって逃げたと思うたが、戻うてきたとは見直したぞ」
 心の決まっているお千代は、臆することなく代官に身を任せた。
 蝋燭の火が消された。
 雨音が激しく打ち鳴らされ、部屋まで延びる雷光が代官の顔を照らす。
 醜悪な表情で嗤っている。
 お千代はその表情を瞼に焼き付けながら目を瞑った。
 相手の為すがままに、お千代は傀儡と化した。
 傀儡に涙は出なかった。
 遠い世界に置いてきた耳に代官の声が響く。
「生娘と聞いておったが……ん?」
 しかし、代官はお千代の股座から手を離し、指先につけた血を舐めた。
 いつ流された血なのか、それを知っているのはお千代のみ。

 ――長い悪夢から目覚めたお千代は料亭の外にいた。
 心を濡らす土砂降りが地面を叩いている。
「お千代!」
 名に呼ばれた。
 振り向くと傘を差した弥吉がいた。
「どうして弥吉が?」
「お千代がお代官様のお座敷に呼ばれたって聞いたから、お紺姐さんに傘持ってくって言ってすっ飛んで来たんだ」
「お紺姐さんは?」
「俺が傘を渡したら、後は任せたって帰っちまった」
 傘にも入らずお千代はふらふらと歩き出した。
「おい、待てよ」