まおー転生
夏希が固まっていると、しばらくして『ジャ〜ッ』という水の流れる音がした。
それを聞いた夏希はさらに凍り付いた。
音が聞こえたトイレには『故障中』の張り紙が貼ってあったのだ。つまり開かずのトイレということになる。
人間というのは怖いモノを目の当たりにすると、目が離せなくなったりするものだ。
「(逃げようとして後ろを向いた瞬間、殺されるってことも……怖ひぃ〜)」
そうだ、森でクマに出遭ったときの対処法も同じで、相手から目を離さずに後退るのが正しい。基本的に猛獣と『こんにちわ♪』してしまったら、眼を離さないのが一番なのだ。
まあ、相手が一匹じゃなくて、何匹もいたら眼なんて見てらんないから死(アウト)だけどねっ♪
何を思ったのか夏希は果敢にも恐怖と立ち向かった。
そろりそろりと張り紙のある個室に近づく。
一番目の個室、二番目の個室を通り越し、三番目の個室の前で止まる。
ノックをしようとして、やっぱり手を止めた。
「(バレたら殺されるかも)」
なのでそーっと息を潜めながら、しゃがんでドアの下にある隙間から中を覗いた。
……足がない。
しかしまだトイレのタンクに水を溜める音がしている。
トイレは洋室である。便器に足を乗せている可能性だって捨てきれない。
夏希は意を決してドアをノックした――瞬間!
「開いちゃった」
ノックの反動でスーッとドアが開いてしまった。
しかも中には誰もいない。
謎の女のうめき声。流れたトイレの水。誰もいない個室。
まさにイリュージョンだ!
謎の女、トイレからの救急脱出スペシャル!
一気に血の気の引いた夏希。
だったら最初から見なきゃいいのに……。
夏希はトイレから爆走しようとしたが思いとどまった。なぜならここで逃げ出したら、超常現象を認めることになってしまうからだ!
「トリックがあるに決まってる!」
目の前でどんなモノを見ても『トリックだ!』と言い張れば心強い。精神状態も保たれてパニックにならずに済む。すばらしい魔法の言葉なのだ!
こうなったら徹底的にやるしかない。絶対にタネと仕掛けを見つけ出さねばならない。なぜならこれはトリックなのだから、トリックでなければならいのだから。
意地なった夏希は個室をくまなく探し回る。
便器の中、タンクの中、女の子のトイレには必ず置いてあるブラックボックス。
作品名:まおー転生 作家名:秋月あきら(秋月瑛)