まおー転生
「ええ、邪魔なんてしないわ。ただ、少し助言をしてあげる」
無機質な狐面に影が差し、嗤っているように見えた。
狐面は言葉を続けた。
「決して自殺者に冥福なんて訪れないのよ。死んだ人間は時間が止まる。死んだそのときの感情、恐怖、苦しみ、憎しみをそのままに魂となるのよ。わたしに言っている意味が理解できて?」
「死後の世界なんて信じてねぇーよ!」
「信じる信じないの問題ではないのよ。少しだけ見せてあげましょうか、うふふふ……」
ゾッとした。
晴天だった空が急にどんよりと曇りはじめた。
湿気を含んだ風が吹く。
急に怖くなった夏希は男の腕を爪が食い込むくらい握った。男のほうも脂汗を掻いてフェンスを強く握っている。
遠くの空に雷鳴が響いた。
次いで耳を澄ますと女の悲鳴が聞こえた。
男の怒鳴り声、子供が泣く声、老人が不気味に嗤う声。
耳を塞いでも頭の中で響き渡り木霊する。
「まだまだ序の口よ」
低音で囁かれた菊乃の声を聞いて夏希は限界だった。
「ごめんなさいあたしが悪かったです、もうやめて、それ以上は無理です、ごめんなさぃ〜……」
何も悪いことしてないが、ついつい謝ってしまう。
突然、舞桜が叫んだ。
「わっ!」
驚いた夏希は男から手を放し、男も驚いて足を踏み外しそうになってフェンスに抱きついた。
「死んだらどうすんだよ!」
叫んだ男。
舞桜は頷いた。
「うむ、やはり死にたくないのではないか。ならばこんなことで時間を費やしている暇は君にはない筈だ。人がもっとも無駄に浪費してしまうモノは時間だ。そして、もっとも大事なモノも時間だ。挫折は決して不名誉なことではない。そこで立ち上がろうとしないことが不名誉なのだよ。心に素直になり、君は君の道を歩めばいい」
夏希も笑顔で男にエールを送った。
「そうですよ、頑張ってください!」
菊乃がボソッと。
「その頑張れという言葉が彼の重圧となるのだけれどね……うふふ」
男はうつむいたまま無言だった。
きっと今、彼の中でいろいろな想いが巡っているのだろう。
と、そのとき、誰かのケータイの着信が鳴った。
男のケータイだった。
「……おおっ、俺のケータイか。鳴ったの久しぶりだったからわからなかった――あ、もしもし?」
だって友達いないだもんね!
作品名:まおー転生 作家名:秋月あきら(秋月瑛)