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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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3


 席替えが完了し、帰り支度を始めるクラスメートの中で、咲屋灰良は一人、ぼおっとして、椅子に座りっぱなしだった。教室内の喧騒に気付いているのかいないのか、本当にただ、身動き一つしないで、俺の左隣に座っていた。
「更衣クン、ばいばい」
 右隣の、大黒小白(おおぐろ こじろ)が、まだろくに喋ってもいない間柄だというのに馴れ馴れしく手を振っている。
――ああ……、ばいばい。
 大黒小白はやけに楽しそうに笑ってショートカットの髪を揺らし、教室を出て行った。箸が転んでもおかしいとはよく言うが、挨拶を交わしただけで笑うというのも、不思議なものだ。いや、それに合わせておかしくもないのに笑った俺も俺だが。
 …………と。
 気付いたら、教室にはもう誰もいなくなっていた。皆さっさと帰ってしまったらしい。――咲屋は。まだ、座っていた。
――…………。
 何を、やっているのだろう。
 ただ、ただただただ――……、座っている、だけ……のよう、だが。
 何を、やっているのだろう。
 何を、するつもりなのだろう。
――なあ、咲屋?
「…………」
――おい、咲屋っ。
「…………!」
 びくん、と。一瞬体を強張らせてから、咲屋は俺を見上げた。
「……? え……と、何?」
 スローな調子で、そう問う咲屋。眠っていたのだろうか。だとしたら、悪いことをしたかもしれない。
――いや、別に……。何してんのかな、と思って。もうとっくに、帰りのホームルーム、終わったんだけど。
「…………」
 ぼんやりとした表情で、咲屋は辺りを見回す。まだ陽は高く、教室の中にも暖かな光が注いでいる。遠くで、生徒たちの騒ぐ声が聞こえた。対照的に、教室はしんと静まっている。
「…………」
 しばらく黙ったまま、咲屋は状況を確認していた。俺は、そのまま立ち去るわけにもいかず、右手を鞄にかけて、左手は手持ち無沙汰に椅子に掛け、顔だけ咲屋に向けた、ある種滑稽な格好で、そこに立ち続ける。
「…………」
 最後に教室に掛かっている時計と、念入りなことに自身の右手の腕時計を確認して、咲屋は俺に言った。
「本当だね。……え……と、更衣、君」
 どうやら俺の名前を思い出すのは難しかったようだ。まあ、忘れられているよりは、良いんだろう。
「何か、ぼーっとしてたみたい……だよ。うん、……私も、帰ることにしようかな」
――あ、ああ……。
 何だかやけに、自分のことを人事みたいに喋るやつだ。……いや、いつでも何でも、誰に対しても人事の俺が、言えた話じゃないか。
――それじゃあお先に。じゃあな、咲屋。
「……ん。あー、……うん、じゃあね、……更衣、君」
 やっぱり俺の名前が出てくるまでに若干のタイムラグがあったが、俺はいちいち気にしないコトにして、その場を後にした。階段を下りるときにちらっと咲屋が見えたのだが、相変わらずの緩慢な動作で、彼女は帰り支度をしていた。

 俺と彼女の初めての会話は、これだけだった。
 俺と咲屋の、初めての会話は。
 たった七行かそこらの、会話。内容はといえば、帰らないのかというただそれだけの――あってないような、モノ。
 それでも。
 それが、翌日からの俺たちの会話に、何らかの形で影響を及ぼしていたことは間違いない。そして、それは多分――……
 全ての、きっかけだったのだ。