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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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「お早う、更衣君」
――ん。ああ、お早う……。
 翌日も、大黒小白は笑いながら俺に言う。愛想の良いことだ。
「おっす、更衣ー」
――ああ、おす……。
 前の席の、坊主頭の野球部員、島路求(しま みちぐ)も、朝から快活に笑う。皆、元気が良いな……。そう思ってふと左隣を見ると、咲屋は昨日と同じ姿勢で同じようにぼーっとしていた。……訂正。『咲屋以外の』皆、元気が良いな。
――……咲屋、お早う。
 一応隣ということもあるので、鞄を机に置きつつ、声を掛けてみる。
「……あ、お早う、…………更衣君」
 ……昨日よりも更に、俺の名前が出てくるのが遅い。大丈夫なのか? こいつ。
「え、何々? 更衣君って、咲屋さんと話したりするの?」
 席に着いた途端、大黒はひそひそ声で、俺にそう言う。妙に焦っている、というか――……妙に、気にしている……ような、そんな口調と、顔。
――え……、いや、別に。大して、そういうわけじゃあないけど……?
 どうしてそんなコトが気になるのかさっぱり分からない俺は、間抜けに聞き返す。大黒は安心したように息をつき、
「何だ、びっくりしたー。あの子とまともに話せる人なんて、いるわけないよねー……」
――……どういうイミだ?
「ん? あれ、知らなかったかな? あの子、なんて言うか、その……変じゃない」
――変?
「んー……、伝わんないかなあ」
 困ったように、大黒は天井に目をやる。いろいろ思案していたようだったが、少しして、首を振った。
「……何ていうかな……何を言っても聞いてない、っていうのか……話が成り立たないっていうのかなー……」
――…………。
「…………まあ、良いや。別に、気にするようなコトじゃないし。……御免ね、時間取らせて」
――いや、別に良いけど……。
 大黒が申し訳なさそうに言うので何故かこちらが責めているような気になってしまう。まあ、良いか。……会話が成り立たない、ねえ。
 どういう意味だろう。いや、意味はそのままだろうが、……どういうコトだろう?
 それに、大黒はどういった意図でそんなコトを、俺に教えたのだろう? ただ、驚いただけ――……なのだろうか。俺が咲屋に、挨拶したコトに。単純に。
 ま、どうでも良いか。
 思考を途中で切り上げて、俺は授業の準備を始めた。
 深く考えるコトは、嫌いではない。でも、こういった対人間の思考というものは、上手く働かない。頭が、心が、体が――……俺という俺の全てが、『何か』を拒否する感覚。人に対する興味を、思考を、感情を、記憶を――拒否する、感覚。俺の中の何が、そうさせているのかは分からない。いつからなのかは、はっきり分かっているのだが。
『それ』について考えることすら、俺の中の何かが、拒否、拒絶する。考えないことで、興味を持たないことで、思考を捨てることで、感情を隠すことで、記憶をなくすことで――……俺は、『それ』らを否定したいのかもしれない。無かったことに、したいのかもしれない。自分……『俺』という存在の、全てから、『それ』を閉め出したいのかも、しれない。
 本当のところは、分からない。俺が、本当は何を否定したがっているのか、拒否したがっているのか、拒絶したがっているのか、閉め出したいのか。
 本当のところは、――――……誰にも。
「お早う、三年四組の諸君。今日も良い天気で――」
 桜見先生が、かつかつと真っ赤なハイヒールを響かせながら、教室に入ってくる。窓をちらりと見て、
「…………」
 眉を――形の良い、整った眉を、ぴくりと動かして、どんと黒板を叩く。一瞬にして、ざわついていた教室内はしんと静まる。皆が注目する中、桜見先生は怒鳴った。
「良い天気じゃないじゃないかっ! 雨じゃねえか、コノヤロー」
 あたしの気持ち良い挨拶の邪魔をしやがって、馬鹿野郎、と。
 桜見先生は呟いて。
 こうして、学校での一日は、いつものように、平凡に。
 そう、全く持って平々凡々、何の変哲も意味もない、退屈で面白みに欠ける、一日が。
 始まったのだった。