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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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 百人いれば、百通りの考え方がある。
 一つの事象に対して、それぞれ違った考え方が。
 一つの絵に対して、それぞれ違った捉え方、見方、解釈のしかたが、あるように。
 百人いれば、百通りの考え方がある。
 人が自分の考えだけで勝手に動いたとしたら、この人間社会は一分と持たないだろう。個々人が、それぞれ好き勝手に生きて良しとするならば。社会は、文明は、人間の世界は、『崩壊』するどころか、開始早々最早成り立ってなどいないだろう。初めから壊れた世界が、始まるだけだ。
 働きたくない者は一切働かない。生きたくない者は生きようとしない。人と接することを面倒に思う者は家から一歩も出ない。食べたくない者は食べない。食べたいものしか食べない。やりたいことしかしない。やりたくないことはしない。寝たい者は寝て、遊びたい人間は遊んで。死にたい人間による自殺が相次ぎ、人を殺す者が溢れ、盗みはあちこちで行われ、誰もそれを取り締まろうとしない。
 多分、そんな世界だ。
 百人いれば、百通りの考え方がある。
 だから――……
 咲屋灰良が、俺の言葉をどう捉えたのか。どう思ったのか。どう感じたのか。
 俺には決して分からない。
 表面上の言葉も、心のうちを如実に映し出すことなど出来ない。言葉が、まっすぐに自分の考えを、嘘偽りなく飾りなく、一切の誇張も縮小もなしに、その本質を伝えることなど、出来ようはずもない。不可能なのだ。
――…………。
 そんなコトは、どうでも良い。
 大切なコトは、つまり。
 咲屋灰良が、何を思い、何を想い、何を考え、何を感じたのか。
 そして、どうして。
「君を、刺したのか」
 紅也は楽しそうな笑顔のまま、木陰を歩く。俺は黙って、その後に続く。
「ところで――彼女は君に何と言って、気持ちを伝えたのかな?」
――そんなコト、俺が刺されたことに、関係あるのか?
「さあ? 分からないさ、そんなコト。そんな、――コト」
――…………。
 咲屋灰良は、若干緊張した風にしばらく黙っていたが、やがて言った。
 ――好きです。
 それだけ。ただ一言。付き合ってください、と続けるわけでもなく、だた、それだけ。彼女は――……咲屋灰良は、本当に。
 ただ、俺に、気持ちを伝えた、だけだった。
『伝えるコト』……それだけが、ただそれだけが、一番重要なコトのように。
「ふうん……」
 自分から聞いてきたくせに、紅也は興味なさげに相槌を打った。急に話から面白みが失われてしまったかのように。どうしてかは、分からないが。
「何か、すごく普通だね……つまんないなあ」
ただ、面白くなかっただけらしい。
「彼女は、君をどんな人間だと思っていたんだろうね?」
――え?
「優しいと思っていたのか、誠実だと思っていたのか、真面目だと思っていたのか、面白いと思っていたのか、格好良いと思っていたのか、憧れていたのか、どうなのか」
――さあ。
 俺は、人の気持ちを汲み取れるような人間じゃあないからな。
――分からないよ。
「ふん。だよねえ」
 最初から分かっていたような反応。
 あざ笑うような、せせら笑うような。人を見下した、言い方。
「雨夜君」
――あ?
「『好き』の反対は?」
――『嫌い』。いや……、『無関心』か。
「好きな人間を殺したいとは、普通、思わないよね」
――ああ。
「じゃあ、嫌いな人間なら、殺すかな?」
――いや、……普通は人を、殺したりなんかしない。
「うん。だよね。無関心の相手に対しても、同じコトだ。さて、……君は彼女に刺され、病院送りになった」
――ああ、そうだ。それがどうした?
「彼女は、少し変ったところはあったようだけど、でもそれ以外は、普通の人間だった」
――ん……まあ、そうだった……な。
「で、普通の人間は、人を殺したりしない……。さて、ではここから導き出せる結論は?」
――え?
 結論。
 結論。
――ああ……そうか。
「そう。彼女は、君を『殺していない』。腹部を刺されたにしても、それで死ぬような傷ではなかっただろう? 彼女に、殺意は……あったのか」
 殺意は。
 あったのか?
「どうだろう? 彼女は君のことを――本当に殺そうと思って、刺したのかな?」
――確かに、それは……。
 あの時。
 どうして一思いに頚動脈をやってくれなかったのか、と考えた。どうして、死ぬまで時間のかかる腹部など、と。しかし……。
 彼女に、殺意がなかったなら。それも、説明できよう。
 最初から……、俺を殺すつもりなど、なかったのだとしたら。腹部を狙ったのも、そしてあの時のコトバも。
 ――御免。
 謝っていた。咲屋は、俺に。
 殺意のない、『ただの』障害行為。でも、ナイフだ。下手したら、死んでいたかもしれない。……それでも。
――彼女に殺意は、なかった……?
 呟くと、紅也は、ま、そうだろうね、と肯いた。
「殺すつもりがあったなら、もっと深く刺していたろうし。僕みたいな目撃者もいるっていうのに全くの無視だったしね。大体、刺しといて何が『御免』だって――……君も、思っただろう?」
 にい、っと。
 笑えるようなことは何一つ言っていないにも関わらず、紅也はそう笑った。
「まあ、殺意があろうとなかろうと、理由もなしに人を刺したりはしないモノだよね。理由は、……まあ、本人のみぞ知る、ってトコか」
――そうなるな。……あ、なあ紅也。あれから咲屋は、学校に来てないのか?
「ん。うん。だーれも話題にしてなかったけどね。言い忘れてたっけ……僕としたコトが」
――いや、俺が聞き忘れただけだ。……にしても……本当。
 どうして俺は、刺されたのだろう?
 深く、ため息。
――はー……。
「ま、そう落ち込みなさんな。フラれて、キレただけかもだし。いや……、僕としてはとても興味があるんだけどね……」
――…………。
 紅也はにやにやと嫌な笑顔を貼り付けたまま、心底残念そうに言ったのだった。