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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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五時二十分。咲屋は校門前に姿を現した。ベージュのシンプルな形のブラウスとジーンズ生地の長めのスカート、それにミュールといった格好だ。ここまで走ってでも来たのか、息を荒げて、スカートに手をついている。
「……ごめん、呼び出して……遅れて」
――いや、良いさ。……ところで、昨日言い忘れてた話って、なんだ?
「……うん。その、……あ。あれ、紅也、君?」
 咲屋は驚いて声のボリュームを上げた。紅也は彼女ににこりと笑んで、
「昨日はどうも。今日は、ちょっと雨夜君と買い物に行ってたんだよ」
「そうだったんだ……。びっくりしちゃった」
「あはは、ごめんごめん。驚かす気はなかったんだけど。まあ僕の事は気にせず、話を続けて」
 無茶を言う紅也だったが、咲屋は文句も言わずに俺に向き直った。あの時の様に、その灰色の眼で、俺を見つめて。
「あのね。昨日……『通り魔』の被害者の女の人に……会ったでしょ?」
 言われて、思い出す。……そういや、そんなこともあったか。
 肯いて見せると、咲屋は目を逸らさずに続ける。
「実は私、……その……『通り魔』の被害者の人に出くわしたの、昨日が初めてではないの」
――…………え?
 どういうコトだ? ……どういうイミだ?
 紅也を見ると、あいつは目をつむって、空に顔を向けていた。話は聞いていない、という意思表示だろうか。聞かないのであれば、いる必要などないのに――……。と、そうか。また朱露が現れては危険だから……か。
「あのね、……今までの『通り魔』の被害者って、何人だったか知ってる……?」
――ん? ああ、ええっと。正確なところは知らないけど、……一日に多くて六人は被害にあったとか。
「そう。そうなの……、一日に多くて六人。六人……」
 咲屋が何を言いたいのか分からず、俺は首をひねる。
「あの……更衣君は、その被害者の人達が、どうして全員助かったんだと思う?」
――ああ。なんでも発見が早くて助かった、って聞いたけど。
「そう。そうなんだよ、更衣君……」
――へ?
「……私ね、」
『通り魔』被害者の人を全員、最初に発見したの。
――……はい?
 耳を疑った。不定期の記憶障害のことを初めて聞いた時と同じか……もしくはそれ以上。
――『通り魔』被害者全員の第一発見者が……お前だって言うのか、咲屋。
「うん。なぜか……全員私が発見して、救急車を呼んだの……」
『通り魔』事件……この街中、広範囲における事件。その全ての被害者を発見したのが、咲屋だと……そう、彼女は言う。『通り魔』の正体は、咲屋朱露だ。正体が何であれ、あれは紛れも無く咲屋朱露だった。
――本当に、全員を?
「うん、全員。……変だよ、ね」
 笑い泣きのような表情で、咲屋は俺を見上げる。
 ああ、違う。
 俺は思う。
 変なのは、お前じゃないんだよ、咲屋。何を勘違いしているのかは知らないが……『通り魔』事件は、お前が起こしたものではない。だから、だから……そんな顔はするものじゃない。
「私……私ね、もう大丈夫だ、って……心のどこかで、そう思ってた」
――?
「もう、人に関わっても大丈夫なんじゃないかって……心の底で、思ってたのかもしれない」
 俯いて、震えながら、咲屋は言う。
 ――――私が人と関わり始めたから。
 ――――私のせいで、誰かが傷ついていく。
 ――――全て。
 ――――全て、私のせいなんだ。
「紅也君に聞かれた時、ね……私、どう答えれば良いのか、少し迷ったんだ」
 紅也に聞かれた時……? ……ああ、アレか。
『記憶喪失って、最近なったこと、ある?』
「実はね……昨日の人に限ったことじゃなく……私、『通り魔』の被害者の人達を発見する直前までの記憶が、……無いの」
――…………。
「……これって、やっぱり……」
 語尾が震えて、俺まで伝わらない。まるで、言葉の破片が空中で音もなく分解されてしまったかの様だ。
「私……私、今まで、何人もの人を傷つけて生きてきたの。更衣君は知らないだろうけど……」
 罪の無い人を傷つけました。
 罪の無い人を陥れました。
 罪の無い人をひどい目にあわせました。
 私が関われば、誰もが傷つくのです。
 だから……
「私は、存在自体が罪なの。だから……」
 うっくと息を呑む咲屋。か細い肩が、夕陽の中に消え入りそうなほど弱く見える。
「私……怖いの、更衣君」
――怖い?
「うん。……もう、ダメな気がするの。頭の中のダレカが、私を呼んでいる……」
 呟くように。
「ダレカが、私を呼ぶの……」
 咲屋は、泣いていた。
 静かに、静かに。泣くことすら、自分に許そうとはせず……それでも、我慢しきれずに、泣いていた。
「怖い……怖いの……。いつか、私、きっと」
 ダメニナル。
「また、またあの時みたいに……私、私は……」
 ワタシジャナクナル。
「今度こそ、……きっと完全に」
 ジブンヲウシナウ。
「ああ……もう嫌なのに。あんなこと、嫌なのに……」
 俯いたまま、咲屋は独白のような台詞を並べ立てる。泣いて、喘いで、息をつきながら。それでも、何かに許しを請うように、咲屋は言葉を止めない。
 いや……
 許しを請うのではなく。咲屋は誰かに……裁きを求めている?
「…………更衣君、」
 ――――助けて。
「……ううっ……うっ……」
 許されない。きっと許されない。誰にも許されるわけない。許されない……私は罪人だから。
 もう、嫌なのに。なのにきっと、また繰り返してしまう。ダレカが、私を乗っ取ってしまう。
 ああ、でも、そんなの、言い訳にすらならない。
 誰か…………私を、一思いに。