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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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――咲屋?
 俺は、声をかける。咲屋は顔を上げない。ただ、泣いている。
――咲屋……お前は何も、悪くない。
「……うっ……ひっく……うう……」
 声を殺して泣く咲屋を、俺は抱きしめてやる。あまりに軽い。罪を……重い重い罪の意識を背負った咲屋の身体は、あっけないほどに軽かった。
「……うあ……更衣君……?」
――お前は、悪くない。他の誰がどう思おうと、……お前がそれに従う必要なんて、まったく無いんだぜ……? お前はお前で、他にはいやしない。お前はそんなコトするような奴じゃない。
「でも……私は……」
――良いから聞け。俺はさ、お前みたいな真っ白の人間、見たこと無いんだよ。……俺みたいに腐りきった人間じゃ隣に並ぶこともできないほど、お前は完璧に真っ白で、透明だ。……良いか? ……お前は無実だ。潔白だ。もう、それ以上、自分を追い詰めるな。どうしても引きずられていきそうになったら、その時は。俺にすがれ――……俺の手を掴め。
「……う……う、さ、更衣君……」
――自分を保て。その……頭の中のダレカに、連れて行かれるんじゃない。そいつの思う通りになんて、なってやるんじゃない。お前は強いんだ。一人で大丈夫なんだ。もう一人を失っても……お前は今まで、ずっと一人で、やってきたんだろう……?
 腕の中で、咲屋は小さく肯いた。
 俺はそっと咲屋を解放してやる。だいぶ落ち着いた様子の咲屋は、涙も殆ど出しつくしたのだろう、また顔を上げ、俺を見ていた。涙の跡はまだうっすらと残っているが、やがてはそれも乾くだろう。
 そう、そうだ。
 お前に泣き顔は、似合わないんだよ。
「更衣君……、ありがとう……」
 礼を言われるようなことは、していない。何一つ。
 俺はきっと、今言ったようなことを思ってなどいやしないのだから。
 俺はお前が泣いているのを見たくなかった……ただ、それだけの話だ。嘘をついたわけではない。ただ、本当のことは言っていないだけ。
 俺は、お前とは違うんだ……。
「私……」
――ん?
「私……皆と同じ様に幸せになっても……良いのかな?」
 夕陽の中で、咲屋はおどおどと……でもはっきりと、そう問うた。
 俺は肯いて、答えてやる。
――当たり前だろう。
「……そっか」
 咲屋はその時、俺にとっては二回目となる、あの微笑みを浮かべた。
 どこまでも純粋無垢で……どこまでも真っ白で……どこまでも透明な。
『天使』のような微笑み。
 人形のようではなく、人間、そのままの。まるで汚れを知らない人間の、微笑み。
「あはは」
 そして、声を出して……彼女は、笑ったのだった。とても、とても嬉しそうに。子供のように。俺がずっと昔に失った……妹のように。そしてかつての、俺自身のように。
 辺りは段々暗さを増していく。咲屋の笑顔に、陰が落ちる。俺はまた、自分が恐怖にとらわれていることに気付く。ああ。俺もまた、咲屋と同じ様に、怖いんだ。咲屋のこの笑顔が、急に消えてなくなってしまうことを、恐れているのだ。
 だから――……
「さてさて、お二人さん。良い雰囲気のところ悪いけれど……そろそろ帰ったほうが良いんじゃないかな? 夜になってきた」
 ぱんぱん、と両手を打って、紅也が言った。いつのまにか門から離れて、俺のすぐ隣に立っている。いい加減、こいつの接近癖、どうにかならないかな……。
「あ、本当だ。ええっと……あの。話したかったのは、あれだけだから……その」
――じゃあ、家まで送っていくよ。なにかと物騒だし。
「え……あの、良いの?」
――もちろん。
 咲屋は嬉しそうに、そして少しはにかんだように笑った。
「じゃあ、お願いします」
――紅也はどうする?
「僕かい? ……そうだねえ、僕は反対方向だから、ここでお邪魔するとしますかね。……これでも、気は使うほうなんだよ? 更衣君」
 にやにやと笑い、俺にしか聞こえないような小声で囁いた紅也に、俺はため息をつく。
「それじゃあ二人とも、気をつけてね」
 にやりと笑い、紅也は手を振り、歩いて行ってしまった。なんとなくこんなパターンが前にもあったような気がしたが、まあ良いか。
――……じゃ、行くか。
「うん」
 俺と咲屋は、夕闇に染まり行く坂道を、下り始めるのだった。