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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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「あれー……? お前ら、更衣雨夜に葉暮紅也か?」
 そんな、素っ頓狂なとぼけた、それでいてきりっとした声が、俺たちの背後から聞こえた。
「そういうあなたは……」
 紅也はくすりと笑い、俺の背後に向かってお辞儀をした。
「桜見亜入先生ですね」
――え?
 振り向くと、そこに立っていたのは紛れも無く桜見先生その人だった。今日は黒のキャミソールに黒のミニスカート、黒のハイヒール……極め付けにサングラス、といった出で立ちである。
――あ、お久しぶりです、先生。
「お久しぶりです、じゃない!」
 怒声と共に、頭上にブランド物のバッグを振り下ろされる。すたん、と良い音がして、俺の目の前に星がちらつく。
「まったく……。この三ヶ月近く、お前はどこをほっつき歩いてた!」
 信じられないほどの大音量で、先生は俺を怒鳴る。耳を塞ぐ暇さえ与えない。
――……あの、ちょっと色々ありまして、……入院を。
「入院だっ? 嘘ついてんじゃない、そんな届け、出されて無いぞ!」
――え? あの、ちゃんと出したはず……なんですが……?
 俺が気圧されていると、桜見先生は俺のシャツの襟をぐいと掴み、自分の顔へ思い切り引き寄せた。眉間の皺がいつもより三割程度増し、それが余計に迫力を演出していた。つまり、単純に、怖い。……そして。
 桜見先生はにかっと笑い、俺を突き飛ばすように解放した。
――…………?
 まったく訳が分からずに目を白黒させていると、先生は高らかに笑いながら。
「冗ー談だよっ! あっはははははは」
 などと。
――…………。
「くすくす。先生の冗談、とても面白いですね」
 紅也の野郎……。いつかその人形みたいな顔を叩きのめしてやる。
 いつになく暴力的な思考にとらわれる俺だったが、すぐに気を取り直して、先生に向き直る。先生は満面の笑みで、機嫌良さそうに言った。
「本当、お前の出席簿に細工するのは大変だったんだからな。聞いたところによるとお前、自殺しようとした人を救おうとして自分が高所から落ちて全身くまなく骨折し、その挙句にコンビニ強盗に出くわし下手な正義感を盾に立ち向かうもあえなく失敗、腹を三発撃たれ、救急車で運ばれていく途中交通事故にあって危うく失血死しそうになるも偶然居合わせた神の手を持つ天才外科医の緊急オペで命を取りとめ、入院中起こった殺人事件の犯人を暴いた直後その犯人に階段から突き落とされて、三ヶ月も入院してたんだってな?」
――ええと。言いたいことはたくさんあるのですが、とりあえず一つ。その話は、誰から聞きました?
「葉暮紅也から。ん? ……違うのか?」
 きょとんとした先生に、俺は力なく肯いてみせる。
――自殺しようとした人を救おうとして自分が落ちた、というのは合ってますが……それ以外は全て、捏造です。
「へええ。そうだったのかー」
 納得した様子の桜見先生に、俺は言っておく。効果は無いかもしれないけれど、言っておく。
――紅也の話は殆どフィクションですので……あまり、信用しないでください。
「んん。分かったよ。なあ、ところでお前……」
――はい?
「葉暮紅也と仲良くやってるみたいじゃないか」
――は……い?
 ハグレコウヤトナカヨクヤッテルミタイジャナイカ……?
 意味が分からない……異国語のようだ。いや、本当はちゃんと分かってはいるのだが……『分かっている』ということを、俺の脳は拒否している。分かりたくなかった。
「いやあ夏休み中にも遊ぶ仲になっていたなんてなあ! 先生は嬉しいぞ」
 そう言って、俺の肩をばんばん叩く。……さっきの怒り顔とは大違いである。恐ろしい。
「僕も、雨夜君みたいな良い人と友達になれて、とても嬉しいです。先生には感謝しています。有難う御座います」
 笑いながら言う紅也に、先生はぐ、と親指を立てた。
「お安い御用だよ。あたしは基本的に、可愛い生徒には優しいんだ」
 ……おいおい。嘘はつかないほうが良いですよ、とは。
 やはり口には出せなかった。
――ん? ところで先生は、休み中にも学校で仕事ですか。
「うん。そうそう、そうだ。そうなんだ……教師稼業、っていうのはな、お前ら生徒が思っているよりも、遥かにしんどいんだよ。残業は当たり前、休日出勤なんて日常茶飯事……」
 先生はため息をついた。軽く頭に手をかざしただけなのに、モデルのようにびしっと決まっているところが、この人のすごいところである。格好良い仕草だった。それにしても、どうしてこの人は教師になどなったのだろう。このスタイルなら、どこの雑誌でも採用されるだろうし、あまり教師という仕事に愛着があるようにも見えない。俺が分かっていないだけ、かもしれないが。
 そんな失礼なことを考えていると、先生は俺の頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
「あはは、まあ軽く聞き流せ。それじゃああたしは忙しいのでな。また会う時まで、元気にしてろよ、お前ら」
 豪快に笑って、先生は俺たちに背中を向ける。
「更衣雨夜、もう休むんじゃないぞ」
 そう、最後に言って。
――……あ、はい。
 俺の間抜けな返事や、
「さようなら、先生」
 という紅也の丁寧な挨拶にも、振り向くことすらせず。
 夕陽を浴びながら物凄く格好良い歩き方で、桜見亜入先生は、去って行った。まるで風のように現れ、風のように、去って行ったのだった。
 …………。
――ところで、紅也?
「何かな雨夜君」
――お前、まさかさっきの話、先生以外の人にもしてたりしないよな?
「……してた、けど?」
 悪びれずにそう言う紅也。俺はもう怒るのも面倒になり、脱力する。
「だって、本当の事は言えないでしょう? 咲屋さんがやった、なんて」
――まあ、そうだけどな……。
 それにしたって、アレはないだろう。無駄なところに想像力を使ってるんじゃない。
「そう言わないでよ。なんだったら、宇宙人に浚われた、とかも候補に上がってたんだけど、そっちにする? 悪魔の情報操作能力は凄いんだから」
――いや、結構。お断りだ。もうこれ以上事態をややこしくしないでくれ……。
「ふうん。分かった」
 紅也はあっさりと引下がる。
「咲屋さん、まだかな」
――ん……あいつの家、結構遠いからな。
「ああ、そうか。……じゃあわざわざ瞬間移動なんてしなくても良かったかな……」
――そうかもな。
「力の無駄遣い、だったかも……」
 紅也は時計を見る。針は、まだ四時五十五分を指している。夕暮れは長い。まだまだ陽は落ちない。まだ、咲屋は来ない。
 まあ、良いだろう。
 まだまだ、時間はある。待つ時間なら、たっぷりと。
 俺たちは校門に寄りかかり、何をするでもなく咲屋を待つのだった。