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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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「中学に入って、人と関わることを止めてから、ハイラちゃんは何の事件も起こさなくなった。今までの六年間、何も」
 先生は言う。
 人と関わることをしない、という覚悟は、確かに効果があったようだ。
「先生、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
 紅也は聞く。先生の返事も聞かずに。
「先生は、咲屋さんがあなたが気付くことの出来ない場所で何かをしているとはお考えにならないのでしょうか?」
「…………え?」
 戸惑う先生。……紅也は、何を言っている?
「つまり……咲屋さんが、自分でも気付かないうちに――記憶を失って――表に出ないような事件を起こしていたかもしれないということを……あなたは全く、考えなかったのですか?」
 詰問するわけでもなく、責め立てるわけでもなく。紅也はいつもの静かな口調で、そう問う。先生の薄茶色の目を、しっかりとのぞきこむようにして。先生はじっと見つめられて、視線を彷徨わせる。俺に、『何故か俺に』、救いを求めるような表情で……。
 俺は気付かないフリをして、先生の視線から目を逸らす。……変に期待されても困る。別に俺は、紅也の保護者でも友達でも、仲間でも双子でも……ないのだ。
「……ええと、……それは」
 答えを求める先生。しばしの静寂。
「……あはは、すみません。冗談ですよ。ほんの冗談です」
 静寂を破ったのは、紅也の笑い声。俺は先生を見る。どんな反応を取るのか。
「……そうか、冗談か。……真に受けちゃったよ、参ったな。あははは……」
 先生はそう、穏やかに笑った。どこか、ほっとしているようにも見受けられる。
「……まあ、大体こんな感じだね。僕が知っている『ハイラちゃんについて』は。……参考になれば良いのだけど」
「はい。わざわざお時間をとっていただいて有難う御座いました。――ほら、雨夜君も、お礼言って」
――あ、……はい、どうも有難う御座いました……。
「面白いね、君たち。……まるで親子みたいだ」
――はあ……。
 曖昧に肯き、俺と紅也は立ち上がる。
「あ、……でも良かったんですか。こんなに長い時間お邪魔してしまって……」
 紅也が今更なことを言う。確かに、窓の外はもう大分暗い。
 しかし先生は苦笑いをして、手をひらひらと振った。
「良いんだ、良いんだ。どうせこの精神科はこの医院で一番患者数の少ない、暇な部署なんだから……」
「はあ」
 紅也も先ほどの俺のような態度で肯き、
「では、そろそろお暇させていただきます……本当に、突然来て患者さんの個人情報についてまでお聞きしてしまって、すみませんでした」
「いやいや、気にしないで。僕も久しぶりに若い人たちと話せて楽しかったし。役に立てて良かった」
 プライバシーの保護は良いのかよ、と俺は心中でツッコミを入れるが、こちらにとっては好都合な話なので、わざわざ口に出したりはしない。
――早倉井先生、本当に有難う御座いました。
 俺もお辞儀をする。
「いやいや、それじゃあまた、何かあったらいつでも来なさい」
 そう鷹揚な言葉を背中に、俺と紅也は病室を後にした。振り返ることはしなかったが、先生はまだ、温かく笑っているのだろうと思いながら。
 咲屋灰良。
 彼女が起こしたと思われる、二つの事件。
 咲屋朱露。
 灰良が死に立ち会ったらしい、自殺者。
 彼女らが何を思い、何を考えたのか、俺には分からない……分かろうはずもない。
 ――――でも。
 紅也になら、分かるのだろうか。人間ではない存在である、紅也になら。
 隣を歩く紅也は、相変わらず眉を顰めている。先ほどの悲しそうな表情から、何かを深く思案するような表情に変わっていた――診察室を出た後に。
 悪魔にも、感情があるのだろうか。
 誰かの感情に移入してしまうことが。
 それはつまり……例えば、早倉井先生の悲しそうな笑顔に、同調してしまうというような。……どうなのだろう。
「雨夜君」
 紅也が口を開いた。
「僕はアクマだけど――」
 だけど?
「…………」
 おいどうして急に黙る。気になるではないか。
「…………。いや、なんでもない」
――…………。
 気になる。
 気になるが――紅也はもう、何事もなかったような顔で、白いタイルの廊下を歩いている。俺もその隣を歩くうち、どうでも良くなってしまった。
 無関心。無興味。無感動。
 まあ良いだろう。知ったことではない……俺がどんな人間であろうと。紅也がどんな悪魔であろうと。
 どうでも良い。
 だから、俺は放棄する。
 どうでも良いところを堂々巡りするだけの思考を、放棄する。
 対象が何であれ、俺のそれに対する感情は、変わらない。対象がどんなモノであろうと。
 俺はただ、それを受け入れるだけだ。