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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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「そうして、」
 先生は沈黙を破った。
「ハイラちゃんは、名目上では心身療養のために、一人暮らしを始めた。実家から遠く離れた、この街で……。実質、ただの勘当だ」
「縁を切られた、ということですか」
 紅也は目を伏せる。
「そうだ。僕は毎日彼女の家を訪問し、できるだけ長時間対話することにしていた。……僕に出来ることは、ただ彼女の話を聞いてあげることだけだったけれど……」
 ふう、と先生は息をつく。……話し終えた、合図だ。
「そんな感じで、彼女は中学一年からずっと、独り暮らしをしているよ。……ずっと、一人で」
 俺は、咲屋が住んでいた部屋を思い出す。そこに漂っていた、寂しさのような感情。その根幹には、そのような事情があったのだなと納得する。
「ハイラちゃん、君と同じ高校に通っているんだろう? ……あの子、皆の中に入っていこうとしなかったでしょう」
 先生が、俺に問う。
――え、ええ……まあ、そうです……。
 実は隣に座っている西洋人形――もとい紅也もその条件に当てはまるわけなのだが、まあそんなことはどうでも良いだろう。
 俺が肯くと先生は、
「それはね、ハイラちゃんがある『覚悟』をしたからなんだよ」
――覚悟……ですか?
「うん。彼女は、自分が誰かと深く関わろうとしたから、それを『何か』が引きとめようとして、あんなことをしてしまったのだ、と言っていた」
――『何か』? ……それは……?
「彼女にも分からないらしい。でも、事件の起きる前後、誰かが自分を引きとめようとする夢を見たような気がするといっていた。毎晩毎晩、誰かが自分を呼び止めようとしている夢を見た、と」
――それが『誰か』は、……分からないんですね?
「ああ。……彼女の潜在意識を探ることも考えたんだが……でも、またあの二つの事件のような自体を引き起こしかねない……だから、それはやらないことにした。だから、今も」
 僕は、彼女の話を聞くことができないんだ、と先生は笑った。悲しそうな目で。事実悲しそうに、笑った。
 どうしてだ?
 俺はまた、気分が悪くなるのを感じた。
 どうしてこの人は、悲しいくせに笑う?
 どうして、無理をする?
 どうして無理をしてまで、笑おうとする?
 ――――気持ち悪い。
 悲しいのなら、笑うべきではない。何故この人はこんな風に笑えるのだ。本当に、どうして――……
 人間は、自分が平静であるということを、こうもアピールしたがるのか。
 俺はそういう行為が、嫌いだ。
 悲しければ泣け。楽しいのなら笑え。無理をして、他人に合わせて、心配をかけまいと、笑う人間は、本当に嫌いだ。
 それは多分……自分を見せられているようで。
 自分自身の姿を見せつけられているようで。
 だから、嫌いなのだろう。
 無理をして。他人に合わせて。余計な心配は邪魔だから。
 だから、俺は笑う。
 そんな俺自身を、意図せずに見せつけられているようで。
 だから俺は今、気分が悪いのだろう。
 先生のことは、嫌いではないのに。良い人なのだと、分かっているのに……。
「……それで、咲屋さんの『覚悟』とは?」
 紅也の言葉に、俺は我に返る。……そう、そういえば、少し話が逸れていた。
「ああ……御免御免。つい、話が逸れてしまったようだね。そう……ハイラちゃんはある覚悟をした。それは――」
 誰にも関わらない覚悟。
「誰も傷つけないために、彼女は誰とも関わろうとすることを止めた。必要最低限の会話。必要最小限の接点。彼女は、一年間の療養期間を終えてから、皆より一年遅れて中学に入学したんだけど……その時に、決意したと言っていたよ。『先生、私、罪滅ぼしをしたいんです』、って言って……」
 誰も傷つけないために、誰とも関わらない。
 それはつまり、咲屋が自分だけの世界で、閉じこもるようにして生きていくことを意味している。片割れを失ったその小さな世界で、一人ぼっちで。一人だけで、いつまでも生きていくことを。
 彼女はその小さな身体で、小さな胸で――……決意したのだ。
 ああ……だからか。
 俺は納得する。
 咲屋の、あの態度。誰とも会話せず、ただそこにいただけの咲屋、誰とも関わらず、ただそこにいただけの咲屋。でも、誰も傷つけなかった。……傷つけないための、態度。人に薄気味悪がられても、彼女はそれを通し続けた。ただただ、傷つけないために。自分が関わった人は必ず傷つくと、信じていたから。いつもぼーっとしていたのは、それは本当に……本当の意味で、自分の世界に入っていたからだったのだ。
 そこで、彼女は何を考えていたのだろう。思っていたのだろう。
 嘆いていただろうか、自分の悲運を。
 呪っていただろうか、自分の過去を。
 悔いていただろうか、自分の行いを。
 怒っていただろうか、自分の運命に。
 ――――いや。
 咲屋はおそらく、そのどれもしなかっただろう。ただ静かに、『そこ』にいただけだ。何かを嘆くことも呪うことも悔いることも怒ることも、あいつはしなかっただろう。咲屋に、そういう『負』の感情は、全くと言っても足りないくらいに似つかわしくない。
 あの無防備すぎる笑顔を見たことがあるから、尚更そう思える。
 でも……。
 罪悪感、か。