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赤い瞳で悪魔は笑う(仮題) ep2.姉妹

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「彼女が眼を覚ますと、彼女にとっての『世界』は一変していた」
 それは、そうだろう。
 クラスメートを、授業を行っていた教師を。彼女は本当に、殺しかけたのだから。
「マスメディアは大々的に報道し……彼女の家にも取材陣が殺到した。そんな中、僕はご両親に呼ばれて、屋敷へ赴いた……」
 そこで見たのは。
「ハイラちゃんの抜け殻だったよ。……彼女は」
 彼女は、今まで必死に抑えつけていた何者かに支配されてしまったかのように。
 虚ろで空っぽな存在となっていた。
「僕が何を話しかけても、反応しなかった。ただただ、ずっと小声で呟いていたよ」
 ――――どうして? どうして? どうして?
 ――――ごめんなさい、ごめんなさい……。
 ――――私が? ……私が……。
「僕はそれから一週間に渡って、屋敷に泊まり込んだ。警察がやって来たし、マスコミにも、マイクを突きつけられた。勿論、全部ノーコメントで通したけれど。僕は必死で治療を試みたよ。でも、無理だった。彼女には最早、僕の話も言葉も、届かなかった……」
 ハイラちゃんは、と、先生は続ける。
「あの子は誰よりもショックを受けていた。自分のしたことが、まだ信じきれていない様子だった。やがて裁判が行われ、彼女は裁かれた。判決は、『犯行時の心神喪失』が精神医学的に立証されたため、一定期間精神科病院へ通院することを義務付けられ……実質罰は下されなかった。勿論、年齢が大きく関わっていたのだと思うよ。もう少し年齢が上だったなら、彼女は多分、もっと重い判決を受けていただろう」
 当たり前といえば当たり前の話だ。傷害事件が発生すれば、それは法で裁かれる。分かりきった、話だ。
 でも。
 まるで俺には信じられなかった。
『あの』咲屋が。人を傷つけ、その挙句、そんな風に騒がれていたなんて。
 ――――殺すなんて、言わないで。
 ああ、だから、あんなに過敏に反応していたわけか。
 …………まだ。まだ、幼稚園での事件は『咲屋がやった』というはっきりした証拠はなかった。でも、今回は違う。学校中の人間が、咲屋の犯行であることを認めている……。
 二つの事件が彼女に負わせた『罪の意識』。
 咲屋はその重い重いモノを背負って、生きてきた。それは多分トラウマとなって、自己保身のために心の奥に封印されたのだろう。そしてそれが何かのきっかけで開かれると……あの時のように、混乱してしまうのだ……。
「……それは、随分騒がれたでしょうね……。テレビや新聞、雑誌に噂……そのどれもに、取沙汰されたでしょうね」
 紅也が言うと、先生は肯き、
「多分君たちも同年代だった頃に聞いてるはずだよ。新聞の一面を飾り、ニュースのトップに躍り出た……。人々は口々に言ったよ、『普段は大人しくて良い子でした』」
 実際、その通りだったろう。あの咲屋が騒がしくしている様子など、俺には想像も出来ない。……いや、ただ単に俺に想像力が掛けているだけなのかもしれないけれど。
――……でも。あの咲屋が、本当にそんな……ことを?
 俺が呟くと、紅也も呼応するように言った。
「確かに、聞いた限りでは酷い行いのようですね。僕も、信じられません」
 先生は、力なく笑う。
「そう……。僕も、信じられなかった。でもね、何ヶ月か経って、ハイラちゃんが落ち着いてきた頃……話を聞いたんだ」
――話?
「うん。治療中にね。ハイラちゃんの話によると――……その時、つまりクラスメートや教師に殴りかかったときのことだけど、ハイラちゃんはまた、記憶を失っていたらしい」
「また、記憶喪失……ですか」
 ため息と共に、紅也が呟く。その人形のような顔に、どことなく辛そうな表情を浮かべる。見ているこちらが出来るはずもない感情移入をしてしまいたくなるほどの……表情。
「授業中、瞬きをした次の瞬間には、右手にコンパスを、左手に椅子を持って、立っていたらしい。つまり、」
 彼女に、その間の記憶は、ない。
『咲屋灰良』という意識は、『授業中』という時間から『惨劇の後』という時間まで、瞬間にジャンプしたのだ。
 戸惑っただろう。驚いただろう。
 咲屋は素直な奴だから。
 恐れただろう。怖かっただろう。
『死』に対して、過敏すぎる奴だから。
 悲しんだだろう。哀しんだだろう。
 咲屋は――……誰よりも、何よりも、優しい奴だから。
 誰よりも、人のことを心配するような奴だから。
「ハイラちゃんはそれから一年間、僕のところへ通うようになった。裁判でそう決められたからね……。ご両親は、ハイラちゃんを護ろうとはしなかった……。いや勿論、マスコミの手や目から隠し通したし、近所の人にも騒がれないよう、最大限の注意を払っていたさ。……でもそれは全て、『家柄』という彼らの名誉を守るためでしかなかった。彼らにとってハイラちゃんのとった行動は、『家』を貶めるものでしかなかった。ハイラちゃんはもう、邪魔者でしかなくなった……」
 両親の冷たい目。
 社会の非難の目。
 今までクラスメートだった子供達の怯えた目。
 教師達の、理解不能なものを見る目。
 咲屋灰良は、学校にも社会にも、居場所がなかった。帰る場所も、拠り所も、失ってしまった。
「彼女にとっての居場所は、僕だけになってしまったんだ」
 先生はそこで、言葉を切った。
 長い沈黙。
 言葉を探すのではなく、今までの話を頭の中で整頓するために、必要となった沈黙。窓からはもう、若干赤みを帯び始めた日光が差し込んでいる。時計を見ると、もう四時を回っていた。一時間近く、話を聞き続けていたようだ。